第12話 扉から女王陛下
(だ、誰? この金髪お色気美人さんは?)
私は、テオドール様に抱き着いた女性の姿を見て、びっくりしてしまった。
金色のゆるやかな巻き髪に、少しだけつった緑に近い碧色の瞳。そして、ローブ越しにも分かる大きい胸にくびれた腰。
テオドール様から手を離した私は、両手で自分のまな板のような胸を触って落ち込んでしまった。
「アーレス様、離れてくれませんか?」
テオドールが促すと、アーレスと呼ばれた女性は、彼の身体から離れた。
「せっかくテオドール伯爵が研究所に現れたのに……ご挨拶ですこと」
少し寂しそうにアーレスと呼ばれた女性は答えた。
優雅な物腰に、ゆったりとした話し方、それにテオドールが敬語を使っている様子からして、彼女はおそらく高い爵位にある令嬢なのだろう。
私がアーレス様を見ていると、彼女も私のことを見てきた。
(ちょっとだけ、つった碧色の瞳。どことなく見たことがあるような?)
彼女はテオドールに視線を移して問いかけた。
「こちらのお嬢さんは、あなたの使用人ですか?」
(や、やっぱり、使用人としか思われなかった!)
すぐに自分がただの使用人だと、アーレス様にはばれてしまった。
どうしようかと、私が慌てふためいていると……
「アーレス様、彼女はただの使用人ではありません。私の恋人です」
テオドール様がきっぱりと言い切った。
(直球。そして、使用人というところは否定しなかった)
「恋人? 着飾ってはいますが、どうみても平民でしょう? お妾さんにするのですか?」
アーレス様は眉を顰めながら、ずばずばとテオドール様に向かって口にする。
(うう、手厳しい。妾とか、なりたくないよ~~)
私の胸にぐさぐさとアーレス様の言葉が刺さって辛くて仕方がない。
落ち込んでいると……
「私は、彼女を妾にするつもりはない」
テオドール様がきっぱりと告げた。
「でしたら、その子のことは遊びでして? おかわいそうですわ」
「違います、正式な妻として迎える予定です」
テオドール様の言葉を聞いて、アーレス様は怪訝な表情を浮かべていた。
「貴族は平民を側妻にしか出来ませんことよ」
ドクン。
アーレス様の断定に私の胸がざわついた。
(そんなこと、私だって分かってるんだから)
そんな中、研究所の奥にいる男性魔術師がアーレス様に声をかけた。
「ごめんあそばせ、実験の途中でしてよ。それでは」
それだけ言い残すとアーレス様は建物の奥へと消えていった。
(あまり、納得はされていなかったわね)
テオドール様がため息をついている。
「あの、もしかしてあの方が、例の……?」
「そうだ、変な女だ。爵位が上というか上すぎるというべきか……そもそもどうして、私に絡んでくるのか、目的自体が不明瞭なんだ」
「その、テオドール様に、こ、こ、こ、恋をされているのでは?」
私の声がついつい上ずってしまった。
「そうではない気が、なんとなくするんだ」
うんざりした表情をテオドール様は浮かべながら、こめかみをとんとんと指で叩いていた。
「そうではない?」
恋している以外の理由で異性に抱き着くのは、どういう理由だろうか?
(テオドール様が、鈍いだけなんじゃ?)
そこで、私ははっとなった。
(そういえば、オルガノさんはどこに行ったの?)
途中まで一緒だったはずだが、周囲を見渡しても、オルガノさんの姿は見当たらなかった。
「アリア、すまない。私は上の階にいる魔術師長様にあいさつにいかないといけない。少しの間、このフロアのソファにでも腰かけて待っていてはくれないか?」
「はい。わかりました。テオドール様、お気をつけて」
そうして、私は広いフロアで一人きりになった。
手持ちぶさたになってしまったので、どうやって時間をつぶそうかなと、うろうろと歩きまわっていると……
魔術研究所の扉が開いた。
逆光で、誰が入ってきたのかは良く見えない。
目が慣れるまで、少しだけ時間がかかる。
「あら? あなた、ネロさんの妹さんではない――?」
中に入ってきた人物が私に向かって声をかけてくる。
ネロとは私の兄の名前だ。
私は目を凝らして相手の顔を見る。
そこに立っていたのは……
生成り色の綿モスリンで出来た豪奢なドレスに、赤いカシミアショールを羽織った女性。亜麻色の長い髪をしていて、愛らしい顔立ちに丸くて大きな黄金の瞳がきらきらと輝いている。
「妹さんのマリアさん、そうでしょう?」
久しぶりに本名を呼ばれた気がする。
平民にも気さくに声をかけてくれる、優しい雰囲気の同年代の女性の正体は……
「女王陛下」
この国の女王陛下ティエラ・オルビス・クラシオン様だったのでした。
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