第11話 メイドも歩けば令嬢に当たる



 テオドール様の屋敷を出て、馬車に揺られながら王城へと向かう。

 馬車の中には、テオドール様、私ことマリア、そして執事のオルガノさんの三人が乗っていた。

 がたがた揺れる乗り物の中で、私は顔色の悪いテオドール様の背中をさすっていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ、すまない」


 テオドール様のいつもきりっとしている菫色の瞳には睫毛で影が出来ていた。

 絵本で見た血を吸う魔人にそっくりなぐらい、顔色が白い。

 そんな主人を見て、執事のオルガノさんが大爆笑していた。


「いや~~、もう、おかしいですよ! 坊ちゃんは相変わらず、馬車酔いがひどいんですね!」


 人が苦しんでいるというのに、オルガノさんはひどいと言わざるを得ない。

 

「それにしたって、お二人、そうやって寄り添いあっていると、本物の恋人同士に見えますよ! 完璧ですっ!」


「はわわ……」

「茶化すな……」


 具合の悪いテオドール様が、笑い続けるオルガノさんのことを恨めしそうに見ていた。


「お、坊ちゃん、良かったですね。城門通りましたよ~~!」


 オルガノさんのおかげで城に到着したことが分かる。

 三人で馬車を降り、石畳の上に降り立った。

 黒いローブに身を包んだテオドール様は、まだ少し気分不良のようだ。


(テオドール様、大丈夫かしら?)


 奥には、巨大な尖塔がのぞく城の正門が見えた。正門までの距離はかなりある。石で出来た通路の左右には大きな建物が見えるが、それぞれ、騎士と魔術師の管理するものだったはずだ。

 我が国オルビス・クラシオン王国の王城はわりと開けている方で、今、私たちがいる中庭までは平民であっても出入りを許されている。


(城の中に入るのは、さすがに許されてはいないけれど……時々、お兄ちゃんにお弁当を届けに来るのよね)


 そうして、これまた時々、憧れの剣の守護者ソル様が兄の代わりにお弁当を受け取ってくれたりしていたことを、私は思い出してドキドキしはじめた。


「アリア、何を考えている?」


「へ!?」


 テオドール様に声を掛けられて、私はびっくりしてしまった。


(なんだろう? 剣の守護者様の話を、テオドール様にはしてはいけない気がする)


 ちょっとだけ、私の胸に罪悪感がわいた。


(いやいや、所詮は偽の恋人同士なんだから、テオドール様が私のことをどう思うかなんて、気にしなくても良いのよ)


 私はそう自分に言い聞かせることにした。


「まあ良い。さあ、魔術研究所に向かおう」


 テオドール様が私に手を差し伸べてきた。


「て、手……!?」


 私の動揺した様子に、少しだけテオドール様が不満そうな反応をする。


「一応、俺たちは恋人同士という設定だっただろう」


「う、はい、そうですね」


 なんだか恥ずかしくて仕方がなかったけれど、私は勇気を出してテオドール様の手に手を重ねることにした。


(二回目なのに緊張しちゃう。それにしたって、大きくて、長い指)


 ドキドキしつつ私は前を見据えた。

 城門から見て左側に見える建物がどうやら魔術研究所のようだった。

 テオドール様ののすこしだけひんやりして手に導かれて、私は建物へと向かうことになった。

 慣れない長いドレスの裾を引きずって、私は歩を進める。


(ううっ、すごく緊張しちゃうよぉ)


 ちらりとテオドール様の表情をうかがったが、彼は平然としていた。


(テオドール様、女性と手をつなぐのに抵抗はなさそう。成人されて数年経っているけれど、ご結婚はされていない。だけど恋人はいたりしたのかしら? って……)


 私は、はっとしてしまった。


(な、なんで、私ったら、テオドール様の過去が気になっているの?)


 たぶん、私の顔は赤くなったり青くなったりしているに違いなかった。

 

 そうこう考え事をしているうちに……


「ついたぞ」


 テオドール様の声で、いつの間にか研究所の中に到着していたことに気づく。

 建物の中はしんと静まり返っている。

 扉がたくさん並んでいて、しかも薄暗い。いかにも部屋の奥では、怪しい何かをやっていますという雰囲気が漂っていた。


 私が、きょろきょろしていると……



「テオドール伯爵!」



 女性の声が耳に聞こえて、私はそちらに目をやった。

 豪奢な金髪に緑色の大きな瞳の持ち主で、白いローブをまとった大層綺麗な女性が、こちらに向かってかけてきた。


 そうして……



「会いたかったですわ!」



 現れた彼女は、私と手をつないだままのテオドール様に抱き着いてきたのでした。

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