第10話 メイドにもドレス



 すっかり腰が治ったメイド長のムーシカさんが、私の部屋にたくさんのドレスを運んでくれた。

 私は鏡の前に立たされて、代わる代わるドレスを当てられていた。


「アリアちゃん、可愛いわね。すっごく似合っているわ!」


 ムーシカさんは楽しそうだった。

 フリルのついたチュールのドレスに、白いシルクで出来た大人っぽいドレスまで。

 色とりどりのドレスは、どうやらテオドール様のお母様の遺品やお姉さまの残したものらしい。


「これなんかどうかしら! 亡くなった奥様が着ていらっしゃったのよ!」


 そこには、淡い緑色で袖が丸くふんわりと膨らんだドレスがあった。


「アリアちゃん、腰がすっごく細いからコルセットはいらないわね! 良かったらこれを着てくれるかしら?」


 ムーシカさんに勧められるがまま、私は淡い緑色のドレスを着用することになった。

 メイドが着用する白いエプロンと、黒いワンピースを脱いで、シュミーズだけの姿になる。


(ちょっと、ドレスに私が負けそうな気がする)


 足首まであるスカートから履いて、上半身のふんわりした袖に腕を通そうとしたところ……



「アリア、お前に渡したいものが……」



 がちゃりと部屋の扉が開いた。


 雇い主テオドール様が立っているではないか。


「って、きゃあああああああああああああああああっ!」


 若い女の子が上げるとは到底思えない叫び声を、私は上げてしまった。


「す、すまない、昼間に着替えているなんて思いもせず」


 普段は冷静沈着なテオドール様が、少しだけ慌てている。


「坊ちゃん! 女性の部屋にノックなしで入るなんて何事ですか!」


 ムーシカさんが白髪を振り乱しながら叫んで、テオドール様を部屋の外まで押し切った。

 そうして、バタンと扉の音が鳴って、彼の姿はいなくなった。


(ま、まないたなみに胸はないけど、けどけど……)


「お、お嫁にいけない」


 気落ちしている私に向かって、ムーシカさんが溌溂とした声で話しかけてきた。


「大丈夫よ! お坊ちゃんが、アリアちゃんの旦那様になるんだから! ね!」


「ふえぇえっ!?」


 私は混乱してしまった。一応恋人役を務めるとは言え、所詮は(仮)でしかない。それが旦那さまだとか、話が飛びすぎているような?

 そもそも平民と貴族だから、結婚しても、私が正妻になるはずもない。

 なんとか緑のドレスを着終わった私は、話を切り替えたいのもあって、扉の外にいるテオドール様に会いに向かった。


「テオドール様?」


 ドアを開けて、主の名を呼ぶ。

 そこには、ちゃんとテオドール様立っていたのだが……


(反応がない)


 私の姿を見てぼおっとしているようだったので、私は何度か彼の名前を呼んだ。

 けれども、やはり反応がない。


(どうしたの?)


 心なしか、彼の頬が赤らんでいる気がする。


 すると……


「あら、やだ、坊ちゃん! アリアちゃんが可愛いからって見惚れちゃって!」


(ええっ!? 私に見惚れてたの?)


「ああ、いや、まあそうだな……」


 テオドール様は、私から視線をそらしてぽつりと口にした。


「似合っている」


 テオドール様にそう言われて。私まで頬が熱くなっていくのを感じる。


(男の人で洋服が似合っているって褒めてくれるのはお兄ちゃんぐらいだから、すごく恥ずかしい)


 私もテオドール様の顔が見れなくなった。

 二人とも何もしゃべれずに立ち尽くしていると……


「それで坊ちゃん、アリアちゃんに何の用ですか?」


 ムーシカさんがテオドール様に問いかける。


「ああ、そうだ。渡したいものがあったんだが、せっかくアリアも着替えているし、城の魔術研究所についてきてほしい」


「魔術研究所ですか?」


 確か、テオドール様は城にはあまり顔を出さない伯爵として有名だったはずだ。

 それがいったいどうして、城に?


「雇用した時に、変わった女に追われていると話しただろう?」


「は、はい、そう言えば……」


 そうだった気もする。

 だから私が、彼の恋人役になる羽目になったのだ。


「その変わった女に、お前と二人で会いに行く。しっかり、恋人になりきってほしい」


(なんと、ついに恋人のふりをする本番が来てしまった!?)


 動揺する私と、ちょっとはにかむテオドール様。

 それを見て、ムーシカさんがにやにや笑っているのでした。


 ということで、王城行き決定!



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