第9話 ドジな料理でご主人様を釣る!?




 私は這う這うの体で調理を済ませると、なんとか食卓に食事を出した。

 今は、私とテオドール様とオルガノさんの三人で、広いテーブルを取り囲んでいる。

 豪華なレースのクロスが敷かれたテーブルの上には、白いつやつやとした皿がいくつか並んでいた。


 だが、その上に載っている料理はといえば……


「すごい! これは! やっぱり、どう考えても神に愛されていますよ! アリアさん!」


 執事のオルガノさんが叫ぶ。朽ち葉色の髪と同じ色をした彼の目には、涙が浮かんでいる。


 もう段々、「マリアですけど私は」なんて突っ込むのを忘れるぐらい、アリアと呼ばれすぎて、自分の本名がアリアなんじゃないかと錯覚しつつある今日この頃。


 ピストリークス家の皆々様の希望の眼差しを受けて、さっそく料理を作ることを試みたのですが、やはりと言うべきかやらかしてしまっていた。


「なんで卵渡したら、いつの間にか全部割れてるんですか? 落としたわけでもないのに! 実は怪力だったりして!!」


 私の近くにいるオルガノさんが爆笑している。しかも食器をがちゃがちゃとならしていて、ちょっとどころかかなり行儀が悪い。

 なんだか笑われすぎて、私は悲しくなってきた。きっと鏡を見たら、私のくすんだ金色の髪はますますくすんで、はしばみ色をした垂れ気味の目はますます下がってしまっているに違いない。


(ちょっと触れただけなのに、割れちゃったんだもの)


「それに、なんで残った卵を焼くだけだったのに、全部消し炭になっちゃってるんですか!!」


 更に乗った何かの残骸に、焼け焦げた匂い。

 オルガノさんの爆笑は止まない。


(なんでだかよく分からないけれど、勝手に火が強くなってしまって、勝手に原型をとどめないぐらい焦げちゃうんだもの)


 苦節十六年……何をやってもドジな私にとって、料理はやはり天敵だったよう。


(昔、東方で流行っているという、ぷにぷにして良く伸びる白玉というお菓子を作ったことがあるけれど、なぜか中身が粉のまま出来上がっていたわ。一緒に作っていた友達はみんな、ちゃんと中身がもちもちの美味しいお菓子になっていたのに……)


 昔のことを思い出したら、ますます悲しくなってきた。

 オルガノさんが爆笑しているところ、私はテオドール様と目があった。

 テオドール様の菫色の瞳はとても綺麗で、私の胸はどきどきしてしまう。彼の黒い髪は、ランプでつやつやと輝いていて、なんだか妙に色っぽく感じてしまった。


(違う違う、私の憧れの人は、お兄ちゃんの親友の紅い髪の騎士・剣の守護者様なのよ)


 しょんぼりしたり恥ずかしくなったりして混乱している私に気付いたのか?

テオドール様が私に優しく声をかけてきた。


「アリア、苦みはあるけれど、焦げをとった部分は割としっかりしている、良いスクランブルエッグだ」


「ええっ!? て、テオドール様!? 食べちゃったんですか!?」


 私はびっくりしてしまい、テオドール様に叫んでしまった。


(ま、まさか、こんな私の作った殺人級の料理を、テオドール様が食べちゃうなんて!)


 ついでに言えば、スクランブルエッグではなく目玉焼なのだが……

 テオドール様は菫色の瞳を和らげながら話しかけてくる。


「この野菜スープも玉ねぎの良い香りがしている。ばあやが作る城に出てくるような料理の味とは違うが、薄味で私の好みだ。身体にも良さそうだ」


 すると、オルガノさんが歓喜の声を上げる。


「坊ちゃん、やっぱり変わりものですね! アリアさん、良かったですね! 恋人(仮)に料理の腕前を褒められて!」


「こ、こいびと……!」


 そういえば、私はメイドとしてピストリークス伯爵家で働くと同時に、テオドール様の恋人役を頼まれているんだった。

 あわあわと混乱した私を横目に、テオドール様が咳ばらいをすると、視線をオルガノさんへと向けなおした。


「坊ちゃん、にらまないでくださいよ! あ、ちょっと忘れ物しちゃいました!」


 オルガノさんは、わざとらしく理由をつけて部屋から出ていった。

 残された私とテオドール様は、しばらくの間、無言のまま過ごす。


「アリア」


「はい、なんでしょうか、テオドール様?」


「お前は料理は下手ではないようだ。これはこれで癖になる味だ。これからも、私に料理を作ってくれ」


 目をそらしたテオドール様の頬が心なしか赤い気がする。

 私はびっくりしてしまった。

 どんどん、私まで顔が真っ赤になってしまう。


(真っ黒こげの料理。本当はおいしくないはずなのに……冷酷だって言われているけど、やっぱりテオドール様は……)


 優しい。


「はいっ。もっとテオドール様が満足できるように、頑張ります!」


 優しい雇い主のためにもっと頑張りたいと、私は思ったのでした。

 


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