第8話 ドジの後悔先に立たず


 

「オルガノ、どうした?」


 テオドール様がオルガノさんに問いかける。


「坊ちゃん、とにかく来てくださいよ~~! アリアさんも~~!」



 テオドール様と私は、叫ぶオルガノの気迫に負けて、彼の後をついていくことになったのでした。




***




「あらあら、心配をかけてごめんなさいね、ただのぎっくり腰ですよ」


 そう答えたのは、オルガノさんの祖母で、メイド長でもあるムーシカさんだった。

 白髪の長い髪を頭でお団子にまとめたムーシカさんは、普段私が着るようなメイド服――くるぶしまである、丈の長い黒いワンピースに、白いフリルのついたエプロンを羽織っている。

 ちなみにメイド長とは言うけれど、現在テオドール様の屋敷のメイドは、私とムーシカさんだけ。執事も、オルガノさんとオルガノさんの祖父だけ。

 オルガノさんがはあっと安堵の溜息を吐く。


「なんだ、ぎっくり腰か、ばあちゃん、心配させないでくれよ~~」


「あんたが、勝手に『ばあちゃんの寿命が来た!』とか言って叫んで、どっかに行ったんだろうが」


 ムーシカさんとオルガノさんの会話は、ほのぼのとしていて(?)、私の心は和んだ。


「しかし、問題が出来たな」


 テオドール様は、人差し指でこめかみをとんとんと叩きながら呟く。


「テオドール様、どうしたんですか?」


 主の深刻そうな様子に、私の中に緊張が走る。


(ムーシカさんがいないといけないような、よっぽど、重要な問題があるに違いないわ!)


 私は、テオドール様が話し始めるのを待った。


 そして……



「今晩の食事がない」



 その場にいた四人の空気が固まった。



「ちょっ! それ、めっちゃ重要案件じゃないですか~~~~!!!」



 オルガノさんが甲高い声で叫ぶものだから、私の鼓膜がびりびりと震えた。

 テオドール様はオルガノさんを見て呆れて溜息を吐いた後、私の方をちらりと見た。


(テオドール様の菫色の瞳、綺麗だからドキドキしちゃう。好みじゃないけれど……)


 そうして……


「アリア、お前が作ってくれないか?」


「はいっ!???」


 テオドール様に依頼されて、私は固まってしまった。

 特段、料理は上手でも下手でもない。


(まあこの流れなら、こうなるだろうと思わなくもなかったけれど……)


 ムーシカさんの作る食事は大層豪華なものだ。若い頃は城に仕えたこともあるらしいので、それはそれは、見た目は美しく、味は上品で、スパイスをふんだんに使った肉料理、色とりどりの野菜スープに、締めには甘くてほっぺがとろける菓子まで出てくる。


(貧乏だから、安く材料を仕入れて、豪華に仕上げる、すごい才能なのよね)


 それに比べ、ドジな私に作れる料理と言えば……


「アリア……」

「アリアさん!」

「アリアちゃん」


(うう。皆の視線が痛い。あと、マリアじゃなくて、アリアで浸透してしまっている)


 私は、ぎゅっと白いエプロンの裾を握った。手には汗をじっとりとかいている。

 覚悟を決めて叫んだ。


「マリア、誠心誠意、努めてまいります!」


 ……ということで、ドジでメイドな私が料理を作ることになってしまったのでした。



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