第5話 使用人仲間の攻略は完了しました!?
部屋に入ってきた人物は、朽葉色の前髪を後ろに撫で付け髪と同じ色の瞳のも持ち主だった。
「壺ですよ、坊っちゃん! うちの唯一の家宝が! 先祖代々の家宝が!!!」
甲高い声を出す男性の見た目は、私よりも一回りは年上に見えたけれど、行動があまり大人のようには感じなかった。
彼は白いシャツに白いタイ、ブラウンの燕尾服と下衣を身に付けている。
(この家の、執事さんかな?)
私のお兄ちゃんに似て、ちょっと垂れ目の男の人で、眼鏡をかけているのが特徴かな。街の女の子達が見たら、きゃーきゃー騒ぎそうな、いわゆる格好いい男性だけど、本人がきゃーきゃー騒いでるのが、私としてはちょっと気になる。
「騒がしいぞ、オルガノ。そもそもその壺は、先祖からは受け継いでいない」
テオドール様は、オルガノと呼ばれた男性を見ながら、げんなりとした様子でため息をついていた。
(テオドール様、オルガノさんに呆れてる?)
当のオルガノさんは床にしゃがみこみ、割れた壺のかけらを必死に拾い集めていた。だけど、その手を途中で止めるや否や、私の方を見ながら不満そうな声を漏らす。
「ところで坊っちゃん、このちんちくりんで平凡な見た目をした、いかにも平民なこの少女は一体何者なんですか? いくらピストリークス家が侯爵家から伯爵家に格下げされたとはいえ、こんないかにも惨めったらしい少女を屋敷に招くなんて!」
(なんだか、さらっとひどいことを言われた気がする)
確かに私はくすんだ金髪だし、髪質はごわごわしてるし、見た目はお世辞にも美人とは言えない。それでも、やっぱり他の人にそのことを指摘されると、胸にぐさっと来てしまう。
私は悲しくて、少しだけ俯いてしまった。
テオドール様が私にちらっと視線を向けた後、話を続ける。
「オルガノ、アリアには私の使用人兼恋人役を頼んである。お前も、それ相応に振る舞ってもらいたい」
突然テオドール様が私の肩を抱き寄せてくるではないか。
彼の胸板に私の顔がぶつかる。
こんなに男性の近くに寄ったのは、お兄ちゃん以外には初めてで、胸がドキドキしてしまった。
多分、顔も真っ赤になっていると思う。
ただ、何度も言うが……
(私はアリアじゃなくて、マリアですってば!)
テオドール様の発言に、オルガノさんが噛みつくように捲し立てる。
「テオドール様の、こ、恋人役!? どう頑張っても不釣り合いですよ! かたや、暗いのが玉に瑕ですけど、二大筆頭貴族の面子に匹敵するほどの、もっのすっごく美形の坊っちゃん。かたや、ありふれた見た目の平々凡々なちんちくりん。どう贔屓目に見ても、貴族と使用人にしか見えません!」
高速の矢でも飛んできているのかと言うぐらい、ぐさぐさぐさぐさ、オルガノさんの言葉が胸に刺さる。
しかしながら……
(オルガノさん、ご主人のことを暗いのが玉に瑕とか言ってなかった?)
なんだかオルガノさんは個性の強い男性のようだ。
すぐにテオドール様が反論しはじめる。
「見た目や肩書きにどれだけの価値があるというんだ? アリアには、俺が恋人に見えるように指導をしておく」
「「し、指導……?!」」
私とオルガノさんの声が共鳴した。
恋人同士に見える指導とは一体?
私は気になって、テオドール様に何かを尋ねようとしたところ……
「いた―――――――っ!」
オルガノさんが大声で叫んだ。
相変わらず耳にキンキン響く声だ。
オルガノさんの方を見れば、どうやら壺の欠片で右手の中指を切ったらしく、赤い血が少しだけ滲んでいた。
「大丈夫ですか?」
私は慌ててテオドール様の元から離れて、オルガノさんに近づいた。手持ちの手巾を取り出す。座ると危ないので、私は立ったままオルガノさんの右手を取り、手巾を彼の中指に巻き付けた。
「ひとまずこれで大丈夫です。あとでちゃんと清潔な水で洗ってください」
オルガノさんは黙って私のことをじっと見上げていた。
(『この平民風情が、気安く触るな!』とか言って、怒られちゃうのかな?)
私が戦々恐々としていると、突然跪いたままのオルガノさんの両手に私の左手が掴まれた。ガシッと音が聞こえそうな勢いだったので、私は一歩後ろに下がってたじろいだ。
そんな私を見ながら、オルガノさんから一言。
「天使だ!」
「はい?」
思わず私の声が裏返った。
なんだかオルガノさんの瞳がキラキラして見える。
(一体全体なんなの!?)
オルガノさんの急激な態度の変化にどう反応して良いか分からない。
私が戸惑っていると、後ろから右腕を引かれる。
振り向くと、テオドール様が私を引っ張っていた。私の背中に、テオドール様のしっかりした胸板が当たる。
「アリア、オルガノは悪いやつではない。使用人の仕事に関しては、こいつから習うと良い」
私の耳元でテオドール様がそう囁いた。
今日はドキドキしっぱなしだ。
「はい! テオドール様、分かりました! 私、恋人役兼使用人、頑張ります!」
「坊っちゃん、アリア様の仕事に関しては、オルガノに任せてくださいね!」
元気に叫ぶ私とオルガノさんを見ながら、テオドール様ははあっとため息を吐いた。
かくして、私のピストリークス伯爵家での使用人兼テオドール様の恋人役の生活が始まったのでした。
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