恋文~城ケ崎より
麻生 凪
城ケ崎海岸より
夏
この数日どんな景色を見たんだったかなと考えても、窓から覗いた太陽の隠れた空くらいしか探し出せない。今日も窓を開けると、水分を摂りすぎた風がたぷんたぷんと気だるそうに、微かな潮の匂いを届けてくれたのだけれど、あいにく今は何も言葉にする気分じゃなくてね……と、声にする代わりに窓を閉めた。
何もかもが濡れた風景の中で、僕の言葉はギスギスと渇ききっているようだ。言葉を放ったその先に君がいたとしたら、知らずと傷つけてしまったかも。
声を可視化して空の下に差し出したなら、雨に打たれて多少は言葉も潤うのかな。
そんな言葉を君に投げることができたなら、きっと君は返してくれるのだろうね。
そう想うことでなんとか均衡が保てた気がした。
今の僕の、にびいろのこころの。
秋
潮の音がやけに鼓膜に響くのは、黒が無表情で手渡してくる静けさのせいでしょうか。その静寂は知らずと僕を夜の果てへと
夢の果て――
「この果てに見えるものって何かしら」
ありきたりな答えを書きそうになった僕は、慌てて解答欄を黒く塗りつぶし笑ってみせるのです。何かを変えたくてもそのナニカがわからないままだから。サイコロを振った先はいつも『フリダシニモドル』。
「いつまでこうしていればいいのでしょう」
これは君の声なのか、それとも僕の
開かない銀幕、演目は独り芝居。
狐疑的に、懐疑的に、猜疑的に、断崖に架かる吊り橋の上で、微かに届く月明かりを頼りに、溜息混じりにいくつもの配役を、声色を変えながら
嗚呼、風凪にかわる真夜中の一寸。
この夜の果て夢の果てに、淡い淡い暗闇が揺れる水面で魅せるものは、
冬
カラカラと北風に巻かれ、枯れ葉が足元にすがりつく。絶え間なくそそぐ波潮が細かな泡となり、微かに音をたてながら消えてゆく。
山々をおおう雲の底辺が朱色に染まり始めると、朝もやに
空を見上げる。
彼方に游ぐトンビの体がぐらついた、先ほどよりも波頭が白い。乾いた風が潮のしぶきを遠くに飛ばし、僕の
どうする?
自身に声を掛けながら視線を落とす。
弾ける波潮の
おい、どうするよ!
海のうねりが波打ち際に砕け散ると、怒号は無惨に泡となった。
春
そんな問いを投げたのは、君との絆を増やしたかった僕の心細さのせいなのでしょうね。もうこうやって、部屋の窓から外を眺めるのは何回目になるだろうか。眼下には断崖を打つ白の波紋が、
どうかしてるな。
三杯目の紅茶に手を伸ばしながら自身の不甲斐なさに頭を掻いた。ノートパソコンには書きかけの恋文。
今日は書けず終いか。
知らずとまた汀に目を移すのは、君からの便りを待つ儚さからでしょうか。あの日君に投げた問いの答えは、今頃ボトルメッセージのように波の上を
あぁわかっている……
叶わぬ賭けでもあるまい。
来たっ!
鼓膜には、潮騒の代わりに鐘の音が響いた。脳裏に浮かぶのは、波に預けたボトルメッセージを拾う君の細い指先。
そして、寄せる波に濡れた
ねぇ君、君は何がほしい?
そう尋ねたのはさ……
視える景色は違ってもそこには確かに繋がる言葉がある。
君と過ごした時間。
これから過ごすであろう時間を。
恋文~城ケ崎より 麻生 凪 @2951
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