カウフマン子爵領から

 衆目を気にして子爵は三人を駆け足気味に馬車に上がらせると、三人と一人が向かいあう形で柔らかい長椅子に腰掛けた。


 カウフマン子爵は儀礼剣を杖代わりに突いて尊厳を放ち、その雰囲気に圧されてジュールとドロシーは萎縮し切っている。一方で女医、ガロアはまるで自分の車のように足を伸ばしていた。


「遅れて申し訳ありません。先生」


「……言い訳から入らないのは成長したようだね」


「事実ですから」


 若い子爵は微笑んだ。


「理由を聞こうじゃないか。普段ならもっと早くついただろうに」


「それがですね。異端狩りの人間が屋敷に押し入ろうとしまして、時間がかかりましたが結局お金を払ってお引き取り願った次第です」


 異端狩り、と言葉を耳にした途端に二人の体が強張るのを子爵は見逃さなかった。

 一瞬獰猛な狩人の目になり、再び快活な好青年に戻る。


「先生の親戚ですか?」


「そんなところだ」


「知る人間は出来るだけ少なくしましょう。最近の教会はいささか強引ですから」


 子爵は小窓から御者に何かの指示を出すと、馬車は市街地から大きく外れ始めた。丘陵地帯を遠方に臨み、防風林が整備されている小綺麗な道に入る。


「たまには遠回りするのも粋なものです」


 人を態々避けて通る道、隠れ場所が多い道、女医は怪しんだ。


「教会の人間を排除し切れなかったみたいだね」


「明らかな者は土の下。しかし、手練れが潜んでいる可能性を捨てきれないんです。父が率先して各地からその手の類を排していますが、数が多すぎる。討伐からそれほど時間が経っていないので彼らの練度はまだ王の目や耳に負けず劣らず」


「北の大地から戻ってきた連中はやっぱり」


 カウフマンは頷いた。

 激しい戦いを生き抜いてきた人間の能力は、普段から神経を尖らせているその手の人間と同等の能力を持つという。それはつまり、非常に厄介で油断ならない相手とうことである。


 ドロシーが針のような雰囲気に耐え切れず防風林の影を眺めていると、馬の群れが陸地側から近づいてきているのに気付いた。


「宿敵が居なくなったからか、教会はかなり図に乗っているのは社交界でも話題の種です。男爵家の娘を異端審問でつるし上げようとしたのは先週の話ですし、勝手に私掠状を出していると噂も」


「大人しく布教に励んでればいいんだが」


「教皇が宗教国家の樹立を目論んでいる、というのは拷問で吐かせました。教会が力を付ければ王国どころか大国を打倒しかねない危険因子であることに変わりはありません」


「王の様子は?」


「愚王とはいきませんが、教会の狡猾さに劣ります。先代の残した問題が残っており、今や内乱の兆しもあります。教会の影響力が強い北、交易で栄えている西、王都のある東、我々が属するガリレオ公爵の南」


 馬は二人が話している間にも接近し、ドロシーは先頭の人物の顔まで見れる距離に来た。

 馬に跨っているのは無骨な男で長い剣を腰にさし、背後に屈強な鎧をまとった兵士たちを従えている。


「優勢なのは、北と西」


「おっしゃる通りです。西の諸侯はオイノピデスの支援を受けているようで主に王と対立、北は独立指向。公爵はどうやら独立の立場を採るようで同じく王と水面下で対立しております。しかし、公爵様の腹は王国派であることに間違いはありません。ガリレオ様は王に故意に暗躍を挑み、成長させているように思われます」


 ガロアはそれを聞いて耳を立てて考え込んだ。


 馬の呼吸すら聞こえる静かな空間、車輪の音に被せてドロシーは聞いた。


「し、子爵様。あの馬は……」


 指さす方向には馬と兵の一団がいる。


「ああ。あれはわが父。カイナ・カウフマン。死んだことになっている隠居人です」

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