海の道筋

 海が星明かりに輝いている。


 あの夜空に光る一際大きい星を女神様だと、教会の聖職者たちは語る。夜な夜な世界に悪いものが蔓延らぬように見張り捻じ伏せているのだと。

 皮肉なことに、太陽は女神すら消してしまうらしい。


「ジュール、寝ないの?」


 人一人が通れる小窓は今は割れたガラス代わりに防水性を高めた布が隙間なく張ってあった。彼はそれを外して海と夜空を眺めている。


「昼の興奮がまだ体に残ってて寝れないだけだ……」


「ふぅん。そういえばさ、ジュールって名前だよね。もう一つは?」


 ドロシーのもう一つの名前はカルノー酒場の店主のもう一つの名前でもある。


「ない。村の名前は……プレスコットで、父親はジェームズだった。母の名前は知らない。父に聞く前に村を飛び出してきたからな」


「村を出るときお父さんにはなんて言ったの?」


「もっと世界を知りたい、この寒村に囚われずもっと広いところに出たいってな。そしたら親父は納屋から剣を持ってきて行ってこいってさ」


 彼の目は潤んでいた。


「使い古されて切れ味は最悪だった。でもパーティーに加えて貰って鍛冶屋で直したらビックリしたよ」


 ハンモックの下から剣を持ち上げ取りだした。海面から反射する星明かりに鈍く輝き、ジュールの郷愁に満ちた表情が照らされる。ドロシーはそれを今にも泣きそうだと解釈した。


「恐ろしい数に魔物を切ってきた剣ってな。もしかしたら人間も切ってたのかもしれない。でも構わない。親父だって冒険者だったんだ」


「……血は争えない」


「そう思うよ」


 僅かに血色良くなった顔に安心したドロシーはジュールから掛け布を剥ぎ取って深い眠りに入った。


「おやすみ」


 恨めない心情にジュールはそのまま夜が更けていくのを関義深く眺めていた。

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