海の道筋

 村をでてからずっと剣一本と少ない魔法で対処着てきたジュールは、海の怪物を目の前にしてもその姿勢を崩さなかった。


「構えろ、子爵様の品を落とすわけにはいかん!」


「おう!!」


 剣と弓と防具を装備した船員は各々の持ち場に着くとクラーケンに弓を放つ。元海賊なだけあってその精度は傭兵と変わらない。しかし、海の魔物に効力はそれ程なく刺さっても血を流していないようだった。


「取りつかれる!触手は切れ、頭は殴れ!」


 クラーケンが船に取りつく瞬間、船が大きく傾く衝撃を受けて多くの戦闘員が吹き飛ばされた。ジュールは手すりに捕まり何とかその場から飛ばされずに済んだが、次なるクラーケンの手足に反応しきれなかった。


 触手は長さだけで船の全長に等しいかそれ以上、ふりおろれる打撃の破壊力は船材を砕く強烈さだ。


 アルベルトが剣を白いクラーケンの手に突き刺すが柔らかいせいで深手を負わせられなかった。


「畜生っ!」


 ジュールは鼻血をぬぐって起き上がり、剣を両手で持って触手に向かって振り下ろした。

 切れ味という面では今この場でもっとも鋭いのは彼の剣だ。つい先日に鍛冶職人に鍛え直して貰ったばかりで、なにより憎悪が溜まっている。


 青い血がジュールに飛散り、クラーケンの長い手足が短くなった。


「やった、ジュールやったな!」


「切って切ってきりまくれ!」


 アルベルトと遠巻きに一瞥した船長は船員たちを鼓舞する意味でも、大声で成果を叫んだ。かく言うジュールはもう次に触手に向かっていた。


 一直線に手近なものに走るジュールは周りを見ていない。


「危ねぇ!」


 彼の視界外から巨大なクラーケンの足が迫り、アルベルトの悲鳴も興奮した彼には届かない。


「ロアストラ」


 だが突如としてクラーケンを怪しい輝きを放つ火矢のような魔法が襲い、間一髪でジュールを叩き潰すはずだった足は焦げた部分から千切れ落ちた。


「うっぷ……酔う、酔うって……」


 真っ青な顔のドロシーは絞り出す声でジュールを応援した。


「が、がんばぇー……おぇ」


 クラーケンのいない方向へ船から頭を出すドロシーだった。


 ジュールはもう二、三本の触手を切ってようやくクラーケンの膨れ上がった頭部を垣間見た。海の中にあるとはいえ、何度も手足を切り刻む張本人を確かめたいのだろう。


 クラーケンがジュールの両目を捉えた時、ジュールもまた水面下に目のようなあるものを目撃した。


「あれは、そうか。それがお前か」


 他の触手は船に対する攻撃を中断し、一旦全て海の中に没する。


「帆をあげろ!やつはすぐに攻撃してくる」


 船長はこの好機を逃すまいと竜骨が痛むことも気にせず船速を最大まで上昇させた。

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