シェビークリスタルにて
夜遅く、宿屋の主人が見たジュールの歩き方はまさにトボトボといったものだった。人生の大一番で大失敗でも、もしくは愛用の剣が折れたような、体は問題なさげだが気落ちして何も出来ない人間そのものだ。
「お湯を部屋に持っていきます。他に必要なものはございますか?」
「……ない」
宿屋の主人は酒精の強いものを持っていこうと心に決めた。
ジュールが角部屋を開け粗悪とも良質ともいえない普通のベッドに横たわると、先ほどの言動を振り返って自分に感謝した。
もし、異端を殺したことを話していなければジュールはドロシーに大きな隠し事をしたままだった。それは彼の考える脳無しに等しい。
「許してもらえるだろうか、いいや、許してもらわなくてもいい……俺はそんな人間なんだ」
彼は枕を濡らして考えに耽った。後悔という後悔が思考を圧し潰していくが、全くドロシーのあの顔が頭から離れない。一人、村を飛び出した一人の青年はひもじかったときの生活以上に暗かった。
木枠の窓の外は闇だ。
星明かりもない不思議な夜。街の明かりは消されて衛兵の詰め所すら今日は人がいないのだろうか。唯一、明かりがあるのは町の外だ。石壁の向こう側に何本もの松明の火が見えた。
「なんで、星が?」
太陽が力を失ったあと、星の微かな光が空を覆う。それは人の顔を照らすほどではないが道に迷わないだけの力を持っている。普段、いや、常に太陽が沈んだ先は星の雲が世界を照らすはずなのだ。曇りであるならともかく、明るいときにみた空は雲のかけらもない快晴だった。
ジュールは涙をぬぐって飛び起きた。
壁に立てかけてある剣を腰に差し、短剣を数本持って扉を荒く開け放つ。
「どうされました?」
「すまない主人!今すぐ外にでなきゃならない!」
「いってらっしゃいませ」
酒とお湯の入った桶を抱えた宿屋の主人はジュールを止める術を持っている筈もなく、主人は駆け出し冒険者の様相の青年を見送った。そのまま宿屋の主人は部屋に風呂桶を置き、冷めないように魔力を込めた石をそっと中に入れた。
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