シェビークリスタルにて

 私はね、生まれた時からカルノー酒場の看板娘なの。ホイートストンブリッジで一番でかいかもしれない大きな酒場で冒険者とか漁師とかの汗臭い人たちに囲まれながら育った女の子。世間知らずで、店番しかできない。


 恥ずかしーっしょ?


 誰の子供とも分からない子供が店の扉の前に捨てられてて、まるで駄賃のみたいにさ。エメラルドだけが赤ちゃんと一緒に入ってたんだって。始めは私、ただの見世物だったらしいんだけど、おせっかいな男たちがいてさぁ……誰かのおっぱいを持ってきて私に入れていくの。てんちょー、それをみて育てることにしてくれたんだ。


 暫くしてさ、異端者の恰好をした人が酒場にやってきたんだって。当然腫れもの扱いで近寄るなぁって威嚇してたんだけど、私を見つけるとズカズカ進んでくるわけ、もし熱心な女神教徒が居たら、その人殺されちゃってたんだろうね。私には関係ないけど。


 それでそれでぇ……私のことを見たその人は店長にこう言ったの。


 この子の父親と母親は異端狩りで死んだ。自分はこの子に伝言を託しに来ただけで、すぐに退く。誰か、伝えてくれるものはいないだろうか?


 もうね、人って冷たくて誰も手をあげてくれないの。ただ、てんちょーだけは違った。てんちょーが聞くって言って、その人は宝石のエメラルドと金貨を渡したんだって。


 ネイチャーの加護は常に我らと共にある。ってことを伝えて欲しって言ったんだぁ。店長後から知ったんだけど、これが異端の教えで一番大事な部分。ネイチャーは何も教えてくれないし、ネイチャーは何も力をくれないし、ネイチャーは何もしない。でも異端にとって見守ってくれる存在こそ、加護そのものなんだって。


 よくわかんないよね。でも、私は好き…………顔も名前も知らないお父さんとお母さんのただ一つの繋がりだから。


「さっき、その繋がりを捨てようとしてた気がするな」


 お、思い出さないでよ。わたしだって死にたくないし、正直ネイチャーのことはそれしか知らないもん!


「すまんすまん。面白そうだったから、つい」


 ……ねぇ。なんでさ、女神は異端を殺すんだと思う?


「俺の考えでいいなら」


 いいよ。教えて。


「異端の信仰と女神の信仰は相容れない。女神は日常だったり、争い、行事まで全部指定する。だけども、異端の教えは全部人々任せなんだ。ネイチャー?を讃える儀式もしなくていい。やるべきこともない。自由過ぎるんだ」


 自由じゃない女神の教えと、自由なネイチャーの戦い?


「それは、俺たち人間が勝手にしてるだけだ。俺が……殺してきた……異端者はみんな……女神じゃなくて信仰者を恨んで死んでいった……」


 ……えっ。


「だから、俺は……もう異端をころしたくないんだ」


 ちょ、ちょっと待って。わたしを守るんだね、異端狩りから。でもジュールは、昔異端狩りで、それでわたしを守ろうっての?!


「ああ!俺は、どうしようもない能無しなんだ!金の欲にまみれて異端を殺して、報酬のあいつらから貰った金で毎日生きて!何も悪くなかった人間を殺して生きてきたんだ!」


 急に泣かないでよ!わたしだってビックリしてる!

 ジュールを信じてもいいかなって思ってたのに、お母さんとお父さんを殺した人たちと同じってことでしょ?!


「そうだ!そうなんだ……ぅ……そうなんだよ……俺は」


 さっき言ったことは忘れて。


「ごめん。ごめん……」


 初めててんちょー以外で信用できそうな人だったのに、ジュール。


「全部、俺が悪い……帰る」


 でも、嬉しかったよ。守るって言ってくれた時は、それはほんと。

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