シェビークリスタルにて

 店長と二人が落ちつくまでにすっかりステーキは醒めてしまい、ジュールは異端者を知覚させない言い訳を思いつき難所を凌ぎ切った。


「いとこなんだあぁあビックリした。心臓止まりそうだったし……はははっ!」


 カウンターの下から斧や片手剣を取りだそうと考えていた店主は思直し、冷めきったステーキを温めるために再びキッチンへ消えていった。


「そうだ。飲み物、水がいい?牛の乳もあるよ……ジュール」


「牛のを。よそよそしくなったな急に」


「う、うるちゃい!わたしだって緊張ぐらいありますぅ!」


 カウンターに回ったドロシーは木のコップを力強く机に叩きつけた。そしてガラス瓶に入った牛乳を注ぎ、荒々しくジュールの目の前にドンと置く。

 触れてはないところに触れたとジュールは反省し、一旦火照った感情が収まるまで何もしゃべらないことにした。


 椅子のさわり心地は良いものとは言えないが、薄い布が敷いてあるようでそれ程気にならない。店内は暗くならないように等間隔でランプがつるされており、鯨油ランプと魔力ランプの割合は半半といったところだ。

 驚くべきは店の広さで、おそらく巨大冒険者パーティーが打ち上げにやってきても余裕がありそうだった。


「隣すわりまーす」


「……」


 突然真横に来たドロシーに声を掛ければいいのか、掛けてはならないのか判断できずジュールは難しい顔をして押し黙った。


「どこの宿に泊まってるか教えて、あとで行くから」


「ウィグナーって宿だ。二階の西角部屋」


「おーけー」


 ドロシーが椅子から立ち上がり、カウンターに戻るとほぼ同時に店長が暖かそうなステーキを皿に載せて帰ってきた。


「ミノタウロスの肉おまちど。野菜とかも食べてって」


「代金は?」


「銀貨一枚」


 ジュールは渋い顔で麻袋の中をみた。煌めく金貨にはまだ手をつけていないが、鈍い銀貨はもう底をつきそうだ。手に取って一枚、それとドロシーに向けて銅貨を数枚カウンターに置いた。


「毎度、野菜もってくるから、ドロシーは小噺でもしといて」


「てんちょーそれは難しい注文」


 店長は片手をひらひらとさせてキッチンに消える。

 また二人きりになったがドロシーは隣の席に座ることなく、店長の言う通り小噺を始めた。


「……魚屋さんがね、売れ残った魚の処分に困ってたんだって。そこに酔っ払いがやってきて店に並べてある魚を鷲掴みでどんどん食べていっちゃったの。ひとしきり食べた酔っぱらいは魚屋に何度も殴られて、分かった。分かった。金払うから許してくれって懇願したの」


「……」


「額を聞いてね、魚屋なんて言ったと思う?」


「……金貨一枚」


「違う違う。魚屋が言ったのは命、お前の命だって」


「そんなに高級な魚が売れ残ってたのか?」


「酔っ払いが食べたのはね。フグだったって話」


 面白い話であったかどうかジュールはお世辞にも両手を叩けなかった。まず第一にジュールはフグという魚が既知ではない。どこが反応すべき部分なのか理解できず、ドロシーとすれ違いが発生した。


「ふぐ?ふぐってなんだ」


「えーそっからぁ?」


「へぇい。野菜盛り合わせ。痛みかけもあるから注意して食べてな」


 言わなければ築かなかったとジュールは思ったが口にはしなかった。目の前にある料理の数々は銀貨一枚にしては豪華で量が多いからだ。ドロシーも羨ましげに涎をほんの少したらし、それに気付き急いで啜った。


「見えた」


「見ないで」


「ははっ」


「鼻で笑わないで、いいじゃん。私まだ賄い食べてないんだから!」


 ドロシーは店長を睨んだ。


「店長!はやく!」


「ふっふっふ。もう用意してある。二人で食べなさい、久しぶりの親戚なんだろ?なら、部外者水入らずで話しな……終わったらいつも通り二階に声かけてくれたら店仕舞いするから」


 そう言って店主はキッチンからもう一つの食事をもってカウンターに置き、キッチン奥の階段を登って二階に上がっていった。

 客がいなくなって扉を閉めると店主は二階にあがり、ドロシーが机を掃除し床を拭く。終われば店主を呼んでランプを消して店の一日は終わる。それが日常であって床拭きを面倒だと思っていたドロシーであるが、この日は二人きりになれる時間が大いに確保できる日常に感謝した。


 しかし、早速ジュールの隣で食べ始めるのではなく勿体ないという理由で鯨油のランプを消してから食べ始める。一部の魔力ランプも消すと、男女を中心に明かりの円ができた。


「流石ミノタウロスの肉。食べたことのない味だ。美味い」


「店長の得意料理だからさ、この街じゃ評判だよ」


 ジュールは今まで狩ってきた魔物の食用部分を食べたことがあるものの、ミノタウロスの肉は初めてで小さなドラゴンにも負けない歯ごたえに驚いた。牛のような肉中が溢れだし、良い匂いが鼻を覆う。


「有名になるも分かる」


「ふふ、ありがとう」


 店長が褒められるのが自分のように嬉しかった。


「……この店を離れたくないか?」


 ジュールは思い切って本題に入る。つらい選択肢を用意しなければならない悲しみに彼の声も僅かに震えていた。


「……離れたくないかな。だって、ここは私が育った店だからさ、家、みたいな?そーんな感じ」


 ドロシーは水を飲み干して居ずまいを正した。これから長い話があると、ジュールも理解し牛乳を一気に喉に流して座りなおす。


「わたしの両親って生まれた時に死んじゃったらしいの、てんちょーから聞いただけなんだけど……さ」


 記憶を思い出すためにドロシーは目を瞑った。

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