シェビークリスタルにて
海風の吹く綺麗な港町、シェビークリスタルと俗名で呼ばれるホイートストンブリッジの街は店じまいを始める店が大半だった。宿屋と酒場だけは鯨油のランプや魔力のランプに火を灯して一日中の営業、つまり忙しくなる時間となった。
ただ今日は商船も軍船も少なく、近くの港でクラーケンが暴れているという情報もあって冒険者もわずかしかいない。
「ひまっすねー店長」
「そんな日もあるさ、賄いいつもより多いから喜んでもいいぞぉ」
「わーい店長大好きー。そうじゃなきゃきらーい」
店長の男性一人で店は回るのではないかと思うほど客入りは少ない。もとより夜に活動する人間が一般的ではないため仕方ない面がある。今いる客も夕方から来た客でもう直店を出るだろう。
魔力のランプないで炎が揺らめく。
「ぬ、誰か来たぞ。ドロシー」
「はーい」
店の入り口の扉が開くと魔力ランプの魔力が微増限するように改造されており、これが入店の合図となっている。色々忙殺される時間帯には役に立たないが暇な時間ではかなり大きな役割を果たす。店長自慢の一品でもある。
「いらっしゃいませカルノー酒場へ。席は自由でいいですよ人いないんで」
「今聞き捨てならない言葉が聞こえたなぁ!ドロシー!」
「いいじゃん事実だし!」
店長は否定しようと店内を見渡すと最後の客が扉から出ていくのを捉えて否定できなくなり、ため息をついて頷いた。
「お客さん冒険者?かっちょいい装備きてんじゃん。クラーケン退治にでもいくの?」
「クラーケン……違う。俺はホジキンに会いに来た。マスター肉をくれ、焼いたやつで頼む」
「はいよ、ところであんた名前とかは言えるかい?」
言えなければ犯罪者である可能性が高く、まずこの世に存在しない極度のシャイを取り除くと的中率は十割だ。ドロシーという看板娘を守るためにも必須のテクニックとなる。
「ジュール、ただのジュール」
「おーけージュール。ホジキンが何処にいるか知ってるの?」
「知らない。この街に居るはずなんだ。知り合いか?」
ドロシーは嫌な汗が背中に流れるのを感じた。
「あっ……そのぉ、いえないっていうかぁ……」
異端狩りは仰々しい装備を着ていると冒険者の噂で聞いていたため、ジュールのような薄汚れた装備の異端者狩りを想定していなかった。そのせいでボロボロと態度や口に出してはならないものが漏洩する。
「ドロシー・ホジキン」
「ひっ」
「いや、繋げただけで俺が知ってるのはホジキンの名前とも苗字とも分からない児の繋がりで……」
「改宗しますから命だけは、命だけは!」
ここぞというときに限って店長は店の奥にステーキを焼きに行っている。考える前でもなく店で一番高いミノタウロスの肉を焼いているに違いない。ドロシーにはそれは簡単に想像できてほとんどの確率で合っているとわかるからこそ、怒りを覚え恐怖で委縮した。
「俺は異端狩りじゃない。ただの過ちを犯した冒険者……ですらない何かだよ。ドロシー」
「ただの何かにしては雰囲気が殺伐としているというか、暗殺者っぽい」
彼女がそういうとジュールは明らかに落ち込んだ。
「隣町に異端狩りの話を盗み聞きして、ホジキンが狙われていると分かったから守ろうかと思ったんだ。罪滅ぼしのために」
そう言葉にした瞬間のジュールは誰よりも信仰深い信者のような風体だったが、ドロシーが瞬きを一回している間に雰囲気は胡散し、元の殺伐とした鋭利な刃物の雰囲気に戻ってしまった。
「私を、守る?」
ジュールは頷く。
「俺に君を守らせてくれ」
「え、えっ」
突然の事態にドロシーはパニックなった。膝をついて宣言する彼はまるで騎士のようだったし、救世主のようでもあった。今まで異端の信仰として迫害されないように隠れて生きてきたドロシーは、初めて異端者である自分を受け入れてくれる人物が現れたように感じたのかもしれない。
ただただ、心拍数は上昇する。
「……」
ジュールは俯きになって回答を待っている。
「えっ、ええとぉ……いい……ですよぉ?私を守ってくれても」
顔を見合わせる二人、ちょうどその時店の奥から店長が機嫌よさげに戻ってきた。
「いい感じに焼けたよお客さん!お客さん?!えっ、ドロシー!?」
何があったかさっぱり分からない店主は結果のみで判断すると今すぐ祝いの酒を開けなければならないが、看板娘が初めて入店した人物に盗られたとなると斧も一緒に持ってこなければならない。
それはさておき、店主が葛藤している間にジュールも赤面したのは言うまでもない。
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