序幕

 夕日の差し込まない森は朝と違って鬱蒼としており、何が出てもおかしくはない雰囲気だった。例えウサギやオオカミ、危険度の低い魔物などしかいない森であったとしても、顔の違う樹木や草花に恐れを抱くもである。

 エルトはジュールの服を掴んで離さなかった。


 時間をかけて頼りない子供の足取りを頼りに森を出たときには、すでに女神の戒告の時間に差し掛かっていた。


「じゃあね!ジュールおじさん!」


「気を付けてな」


「また会えたら、ううん、多分、合えないんだよね」


 エルトは子供ながらにジュールの心を理解していた。それがどこかこそばゆく、情けない気持ちになった彼は顔を背けるしかない。

 闇が夕日の逆から押し寄せる。


「ばいばい」


「元気でな」


「うん!」


 ジュールは家に帰るまで少年エルトゥルの姿を目に視界に収め続ける。


 エルトは振り返った。


 走る。


 エルトは振り返った。


 また走る。


 ようやく姿が見なくなった頃には夕日も大地の下に沈み切って明かりと言う明かりは極わずか。家々の窓から漏れる光、魔物が得物を寄せるための光、夜の光は魅惑的でジュールは危険であってもそれが好きだった。


「冒険者……か」


 村とは反対方向に歩みながら、少年への自己紹介を顧みる。


「俺は冒険者なんかじゃない……」


 懐から先ほどのエメラルドを取りだす。魔力が込められているのか淡く緑色に光っており、表面を触るとピリピリと手が痛む。

 ジュールの両目がエメラルドと同じように煌めいた。


「俺は異端。女神の敵だ」

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