第1話 【魔王転生】人気配信者、魔王になる。

 有坂レイミ、改め桃城まゆは死んだ。


それは紛れもない事実だった。


深夜のコンビニから出たところをストーカーに刺殺されたのだ。


現実世界では既に彼女の葬式が行われ、殺した犯人は警察に逮捕された。


人気配信者が亡くなったことはネット上で巨大なニュースとなり、リスナー達の胸に大きな穴が空いてしまった。


そして彼女の霊魂はそのまま召され、天国へと向かったと思われたが、それは間違いだった。


異世界のとある一角で、まゆは眠るように仰向けで倒れていたのだ。


「お目覚めください、魔王様。」


 まゆの鼓膜に聞き慣れない声が響いた。


変に落ち着いた女性の声だ。


その声に応えるように、まゆは瞼を上げた。


すると、ズキズキと重たい痛みが彼女の頭部を襲う。


まゆが一度にビールを5杯以上飲んだ際の二日酔いに似た痛みだ。


その痛みに抗いながら、彼女は倒れた自分の身体を起こして深呼吸をした。


「んあ゛ー頭いたい、ってここどこ?」


酷い頭痛に耐えながらもまゆは瞼を擦って周りを見渡した。


見覚えの無い景色が、異様な音と香りがそこには広がっている。


4階のビルなら余裕で入りそうな高い天井、骸骨で装飾された悪趣味な玉座、窓の外に見える紅く恐ろしい満月、床に描かれたどす黒く禍々しい魔法陣、全てが異様である。


「なんか、子供の頃に遊んだRPGゲームの魔王城みたいな内装ね。」


「そのとおりでございます。」


すると突然、まゆの背後から声が聞こえた。


先程聞いた声の主であることを彼女はすぐに気づいたようだ。


まゆが後ろを振り向くと、そこには青白いロングヘアーにピンクと黒を基調としたドレスを着て、鎌と槍を合成したような武器を担いだ美少女が立ちすくんでいた。


「ここはアンデッドの国、『ダンネスト』に建つ魔王城です。あなたは我が新しい主、新しい魔王としてここに召喚されたのです。」


「・・・は?」


 美少女が放った言葉を受け取り、まゆの表情が固まった。


困惑と曖昧が混ざった表情だ。


「よろしくお願いします、魔王様。」


「はぁ゛ーーーー!?」


まゆの側に歩み寄った美少女が彼女に敬意を払うようにひざまずくと、まゆは状況を理解できずに叫んだ。


すると頭を上げた美少女がまゆに向かってお辞儀をし、微笑みながら口を開いた。


「申し遅れました、私は魔王様の側近を務めさせていただきます。ネクロマンサーの『クロノーエ』と申します、以後お見知り置きを。」


「え?なに?異世界転生ってこと!?ってか、なんで私が魔王なんだよ!?」


 アンデッドのネクロマンサー、クロノーエがまゆに向かい再びお辞儀を行った。


だが、彼女はそのことに全く興味を持たず、自分が置かれた状況を理解しようと必死になっていた。


ここは現実ではないのか、なぜ私が魔王なのか、転生はフィクションの中での出来事ではないのかなど、まゆの脳内には大量のハテナが渦巻いている。


「私が魔法を使い新しい魔王にふさわしい人物の召喚を試みた際に貴方様の霊魂が魔法の網にかかり、こちらへ呼び出されたのです。その霊魂から私のネクロマンシーにより、貴方様の肉体を再生、そして強化させていただきました。」


慌てふためくまゆを見据えたクロノーエは、淡々と今に至るまでの過程の説明をしたが、現実世界では聞き慣れない言葉ばかりでまゆはあまり理解できていないようであった。


簡単に説明すると、殺されたまゆの魂は現世から来世に向けて浮遊している最中に、クロノーエが異世界から現実世界に向けて放った捕獲魔法によって異世界まで連れてこられた。


そしてその魂はネクロマンサーの持つ特殊な魔術で生前の肉体を再生し、そのうえ身体能力の向上や魔法の取得まで行われたということであった。


「この魔法はその目的に最適な人物を召喚することができます。ということで貴方様は魔王に選ばれし光栄な人物なのですよ!」


(私が魔王に?ただの配信者の私にそんな素質あるのか?)


 まゆは大きな不安を抱えていた。


現実世界で配信ばかりしていた自分になにができるのか、ただの怠け者だった自分が魔王になんてなれるのか、人間だった自分がこの世界で生きて行けるのかなど、突然の状況をまだ受け入れられていないようであった。


すると、まゆは小さなくしゃみをしてから身体を震わせた。


肌寒さを感じた彼女が視線を下に向けると、また衝撃的な事実に気がついたのだ。


「って、きゃー!なんで私、下着なのー!?」


まゆの姿はブラジャーとパンティのみの半裸状態だった。


それ以外はなにも身にまとっておらず、それを見たクロノーエは目を輝かせながら笑った。


「召喚される際の格好は、元の世界で最後まで着ていた衣服が引き継がれますので。でも、露出が多いのも魔王っぽくてカッコいいですよ!」


「なに言ってんだお前!恥ずかしいだろうが!」


羞恥心を刺激されたまゆは、頬を赤らめて両手で胸元を隠す仕草をした。


確かに彼女が死んだ際はコート1枚にランジェリーの上下だったので、こればかりは仕方がない。


だが、背中と下腹部を貫いた包丁の跡は、綺麗に埋まっている。


ネクロマンサーの魔術は、どんな傷も癒やす力も備わっているのであろうか。


「てか、なんで私を召喚したの?前代の魔王とかはもういなくなったわけ?」


 まゆから聞かれた質問を受け取ったクロノーエは、すぐに暗い表情を見せた。


そして少し俯きながら彼女は、澄んだ瞳から涙を流した。


「・・・はい。以前、私が仕えていた闇の魔王『アグレット』様は、原因不明の病に侵され、そのまま亡くなられてしまったのです。」



その言葉を聞いたまゆは、先程の質問を後悔した。


まさか、本当に魔王が亡くなっていたとは思ってもみなかったのである。


「そうだったんだ。他の魔王に仕えてた人達は?さっきからあなたしか会ってないけど。」


「他の魔王軍のアンデッドも全員、原因不明の病で亡くなってしまったのです。」


「えっ!?そんなことある!?」


クロノーエが言うには、魔王軍のメンバーはもう自分のみらしい。


軍の下っ端から王将まで全員が原因不明の病に侵されたとなると、なぜ彼女が生き延びているのかが気になるところだ。


「あれは、昨日の夜のことです。」 


頬を伝う雫を拭いながら、クロノーエは語り始めた。

 



 その夜、魔王アグレットとその部下達は豪華な食卓を囲み晩餐会を開いていた。


玉座に座るアグレットが乾杯の音頭を取ると、アンデッド達は次々とグラスを天に掲げる。


そしてその近くに座っていた死神の『アゼレン』が、表情を伺うように魔王に向けて話しかけた。


「魔王様。あの憎き勇者一行が、明日にはこの魔王城へ到着するという情報が入りました。」


その言葉を聞いたアグレットはがははと大口を開けて笑い、グラスの液体を一瞬にして飲み干した。


「なぁに、心配するでない。あの伝説の勇者の孫といえども、所詮は酸いも甘いも知らぬ小童よ。我、魔王直々にひねり潰してくれるわ。」


空になったグラスを置き、立ち上がったアグレットはその下で料理を貪る部下達に向けて大きく口を開いた。


「皆のもの!この夜が明け太陽が昇る時、あの勇者一行との全面戦争が始まる。我らアンデッドの誇りを掛けて、思う存分に暴れまくるぞ!」


「「うぉーーー!」」


軍の士気を上げようとアグレットが片手を掲げると、他のアンデッド達も同様に拳を振り上げ叫んだ。


そしてその場の全員が手を降ろした時、城の奥からなにか大きな鍋を抱えたクロノーエがゆっくりと歩いてきた。


「魔王様!明日の戦いに備えて私、力のつく料理を作ってまいりました!どうぞ、皆さんで召し上がってください!」


「ほう、さすが我の側近だ。気が利くじゃないか。」


鈍い音を立てて食卓に置かれた鍋の中から、白い煙が天に向かって立ち昇った。


アンデッド達がその鍋を覗くと、彼らは驚愕して口をぽかんと開く。


鍋の中は紫色に染まった液体がぐつぐつと煮えたぎり、色鮮やかなきのこ類が顔を見せていた。


近くに座るアンデッド達は、涙を目にためながら鼻をつまむ。


どうやら、その料理は刺激臭を発しているようだった。


「こ、これは・・・なんだね?」


「森のキノコをふんだんに使ったクロノーエ特製『スタミナキノコシチュー』です!」


唖然とするアグレットとは反対に、クロノーエは自信に満ちた表情を浮かべている。


すると、鍋の内容物を見たアゼレンが震えながら口を開いた。


「これは、なんとおぞましい・・・」


「ばかものっ!!美味そうな鍋料理ではないか。ほら、皆でいただこう。」


その言葉を聞いたアグレットはアゼレンの額を拳で小突き、クロノーエの表情をうかがいながらシチューをよそった。


「い、いえ、私は結構でございます。」


アゼレンを含むほとんどのアンデッド達は、その料理を食べるのを拒否したが、アグレットはそれを無視して部下にシチューを配る。


「我の側近が丹精込めて作った料理だぞっ!つべこべ言わずに食べるんだ。」


「・・・かしこまりました。」


禍々しいシチューを目の前にしたアンデッド達は、魔王がよそった料理を食べないわけにもいかずに覚悟を決めて口の中へと放り込んだ。


それを見たアグレットも続いてシチューを一口、冷や汗を垂らしながら味わった。


「・・・とても、美味しいじゃないか。」


「ありがとうございます!魔王様!」


アグレットは渋い表情でクロノーエに微笑む。


そして彼女が喜びを噛み締めていたその瞬間、アグレットを含むシチューを食べたアンデッド達が一斉に床へと倒れ込んだ。


皆が口から泡を吹きながら痙攣している姿を見て、クロノーエは驚愕した。


そして慌ててアグレットの側に駆け寄ると、彼はクロノーエの頬を撫で、震えながら口を開いた。


「我は、もう、ダメだ・・・後は、任せたぞ、クロノーエ・・・」


そう言い残し、アグレットは瞳を閉じた。


「ま、魔王様ーーー!!」


クロノーエは目一杯叫んだ。


だがそれに応える声は何処にも無く、目を覚ますことのない魔王軍達に残響が降りかかるだけであった。




「っていうことがあったんですよ〜!」


(絶対そのシチューが原因じゃん!!)


 クロノーエの話を聞いたまゆは、彼女が作ったシチューが原因ではないかと考察を立てた。


材料のキノコ類が毒キノコである可能生が大いにあると、彼女は考える。


だが、食卓に料理を出す前に試食をしたならば、それが毒だということに気がつくはずだ。


まゆは、クロノーエに向けて質問をした。


「そのシチューさ、味見とかちゃんとした?」


「馬鹿にしないでください!魔王様達にお出しするものを試食せずに出すわけないじゃないですか!」


予想に反した回答だった。  


彼女の持つ強い忠誠心から、料理の味見を怠ることは無かったのだ。


魔王軍が全滅した原因がなんなのか全くわからないまゆは、喉を鳴らしながら頭をひねった。


料理が毒だったのなら試食したときに気がつくはず、そこでクロノーエがなにも感じなかったのであればそれは毒ではないと言い切れるのだろうか。


そこでまゆはあることに気がつく。


そしてそのまま、クロノーエに向かって質問を投げかけた。


「もしかしてクロノーエさんって、なにか特殊な体質とか持ってる?」


その質問を聞いたクロノーエは、目を輝かせながら答えた。


「わかりますか!?私、生まれつき毒耐性のスキルを持ってるんですよ!蜂とかクラゲとかに刺されてもへっちゃらです!」


「やっぱりシチューが原因じゃん!」


魔王軍全滅の原因は、毒耐性スキルを持つクロノーエが試食したにも関わらず猛毒料理をアンデッド達に振る舞ったことによる集団食中毒だったのだ。


なんという仲間殺しか、まゆは哀れに思った。


だが、自分のミスで軍を全滅させたとクロノーエが気づき、その後悔に押しつぶされないように真実を彼女に伝えることは無かった。


「ともかく、早く戦闘の準備をいたしましょう。すぐそこまで魔王討伐の勇者一行が近づいています!」


「えっ!?勇者来るの!?てか私、倒されるの!?」


まゆが異世界に召喚されてからなんやかんややっている間に、勇者一行は着々と魔王城へ近づいてきている。


その目的は国王から命じられた魔王退治、異世界初心者のまゆを倒すことであった。


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人気配信者が異世界の魔王に転生したら勇者のせいで極貧生活を強いられたので、得意の配信を使って復讐しようと思います!! 月雲とすず @tukigumots8

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