第5話 世界一熱い体験 Part3

 時刻は16:28。

 じきにライブが始まる。ライブへの期待で、会場のざわめきは最高潮に達していた。


「高校生のバンドって、どんな感じなんだろうねー」


 隣の陽南乃ひなのが、ウキウキした様子で話しかけてきた。ずいぶん楽しみにしているようだ。

 穂澄ほずみは、ここにいる生徒の大多数とは違い、特別バンドに興味があるわけではないため、普段通りぽけーっとしていた。誰もいないステージを、見るともなく見ていたが、くるり、と陽南乃に視線を移した。


「そうだねぇ。所詮は素人の集団だし、たかが知れてると思うけどねぇ。プロ――ブレマンみたいなのを期待するのは、止めたほうがいいんじゃないかなぁ」

「水差すねー」


 ころころと笑う陽南乃。


「急に現実見せてくるじゃん。ライブ楽しみにしてる人たちの中でそれ言っちゃうの、ほずらしいねー。ひなちゃんにはできないなー」


 字面だけだと嫌味にも見えるが、そうではなく、素直に感心しているだけなのがわかる。人畜無害どころか有益な笑顔がそれを物語っていた。

 何より、幼馴染の穂澄が、この程度のニュアンスを感じ取れないわけないのである。


「えへへぇ、さすがでしょぉ」

「ん、すごい!さすほずー!」

 胸を張る穂澄に、陽南乃がぱちぱちと緩い拍手を送ったときだった。


 ブーーーーーー


 極めてのんびりしたペースで進む会話は、突然大きなブザー音で遮られた。

 会場の照明が落とされる。


「ただいまより、軽音楽部によるライブステージを始めます」


 体育館に響く、感情のこもっていない女性の声。アナウンスが始まった途端、あれだけ賑やかだったのが噓のように静まり返った。


「それでは早速、『By ソクラテス』の登場でっす!」


 先ほどのアナウンスとは違う、キャピっとした声がそう告げた瞬間、ステージ上がパッと光った。

 見るとそこには、五人の生徒がいて、こちらを見下ろしていた。

 アナウンスによると、彼らのバンド名は『By ソクラテス』というらしい。バンド名というのは、どこもこんな感じなのだろうか。

 スポットライトを浴びて燦然と輝く彼らの傍には、それぞれの楽器が付き従っていた。

 中央に立つのは、ギターを持った女子生徒。彼女の前にはマイクもあるため、いわゆるギターボーカルというやつなのだろう。

 その左右に並び立つのは、同じくギターを抱える男子生徒と女子生徒。

 男子生徒の斜め後ろに位置するのは、キーボードの前に佇む女子生徒。

 彼らの後ろから顔を出すのは、ドラムの男子生徒。


 初めて見るバンドというものは、思っていたより迫力があった。

 ギターボーカルの生徒が後ろを振り向き、ドラムの生徒に合図する。

 そして。


 カンカンカンッ


 スティックを鳴らす音を皮切りに、音の奔流が穂澄を飲み込んだ。






 ギラついた激しい音で脳内を引っ搔き回し、かき乱すギター。






 透き通っていながらも暴れまわり、こちらを掴んで離さないキーボード。






 正確に音を刻みながらも、心臓の奥まで響かせ、肉体の感覚を奪うドラム。






 途中から合流してきたボーカルは、芯のある力強い歌声で、一気に人々の心を虜にした。



 あまりにも強い刺激に、穂澄は圧倒されていた。

 自分ではどうしようもないくらいの高揚感に、何も考えられなくなる。初めての体験に、何もかも支配され狂ってしまいそうだ。

 身体中が異様に熱を発しているのが、朦朧とした意識の中で、やけに強く記憶に残った。



 そのときだった。

 熱に浮かされた穂澄の耳に、微かながら、低く柔らかな音が聞こえた。

 襲い掛かってくるわけではないが、気が付いたら喰われているような、静かな暴力性を秘めている。心地よくて身を委ねると、そのまま飲み込まれるようだった。身体の輪郭が溶けてゆく。まるで安楽死だ。出会ったことのない、強烈な快感に、穂澄はすっかり憑りつかれた。

 おそらくギターではない。あの特徴的な鋭さがなかった。

 ドラムや、キーボードでもない。あの音は弦楽器のもの……な気がした。楽器に詳しくないため、正確なことは言えないが。

 当然ボーカルでもない。

 となればあの音はなんだ?


 しかし深く考える余裕はなく、その疑問さえも、音の圧力にすぐ消し潰されてしまった。

 穂澄は思考を放棄し、その熱に身を任せた。

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宇宙一熱い場所 黒音こだま @kuroneko2581

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