第4話 世界一熱い体験 Part2
「ふぇぇ……づかれたぁ……」
「ドロドロに溶けちゃってんじゃん、ほず」
約三十分後。
ようやく剣道部から解放された
この三十分間、ずっと素振り体験という名の修行をさせられていたのだ。
普通に考えて、初心者にいきなりアレはキツイだろう。
『いちっ!』『……めぇん』 『にぃっ!』『……めぇん』
『声が小さぁい!』 『…………めぇん』
『腕は頭の上までしっかり上げる!』 『…………』
号令に合わせて竹刀を振っていたのだが、フォームがなってないだの声が小さいだのダメだしの連続で、さすがの穂澄もうんざりしていた。
こちとら今日初めて竹刀握ってんだ、そんなこと知るか。
そう言ってやりたいと何度思ったか。いや、実際に言いかけたのだが、
おまけに、壊滅的なまでに体力のない穂澄は、向こう一週間分くらいの体力を使い切ってしまったので、歩くのも辛いのが正直なところである。
肉体的にも精神的にもかなり消耗していた。
しかしながら、部員でもない者にあそこまでガチガチにやらせるなんて絶対ヤバい部だろう。頭おかしいんじゃないか。
疲労により鈍くなった頭で、恨み言をつらつらと並べ立てる穂澄。
もう二度と剣道部には近づかない。そう決意したのだった。
「ほずは相変わらず、体力ないねー。早朝ジョギングでもする?」
「早起きむりぃ……。ひなちゃん一人でやってぇ……」
「なんであたしが。てかあたしだって嫌だよ」
穂澄とは対照的に、陽南乃は元気だ。
元々テニスをしていたせいか、身体能力も高く、体育会系のノリにも耐性があるのだろう。
その元気を、半分くらい分けてほしい。もしくは家まで抱っこしていってほしい。うん、それがいい。
「ひなちゃぁん。うちまで抱っk」
「それよりほず!もうすぐライブ始まるよー!急ご」
「……。そうだねぇ……」
陽南乃に見事に遮られ、穂澄の甘い思惑は崩れ去った。
体育館は、予想以上の人ごみだった。それなりの数の生徒が、このライブのために集まっているようだ。
「えぇ……。こんなに人多いのぉ?」
ちょっと帰りたくなってきた。人ごみや賑やかな場所があまり得意ではないのだ。つくづくライブには向いていないと思う。
「んー。ほら、最近ブレマン流行ってるし、その影響かも。みんなバンドに興味あるんだよ、きっと。とか言ってるあたしもそのクチだしねー」
ぶれまん?
「なにその、ぶれまん、とかいうのぉ?」
「ほず……。相変わらず流行に疎いなー。じゃあ、教えてあげよう!
ギャグかな?
なかなかふざけたバンド名だ。最近はそういうのが受けるんだろうか。
バンド名を聞いて、冷めた目つきになる穂澄。すでに興味をなくしかけていたが、陽南乃は意気揚々と語り続ける。
「ヒット曲いっぱい出してるすごいバンドで、特に若い世代にウケてるんだー!実際めっちゃかっこよくてさ、後で動画送るから、ほずも見てみてー」
「あとでねぇ」
正直見るつもりはない。別に興味ないし、時間の無駄だろう。一応相槌は打ったが。
陽南乃もそれに気づいていたらしく、頬を膨らませた。
「もーほず、その反応絶対見ないじゃん!」
「まあねぇ」
他にやりたいことがあるわけではないけれど、気乗りしないことをするのは面倒くさい。
そんなことに時間を使うくらいなら、りりぃちゃん(穂澄お気に入りのくまのぬいぐるみ)でも抱いてお昼寝するほうがよっぽどいい。
「あと、ギターボーカルのTSWがイケメン。大人気アイドルの弟なんだって」
人気の理由、多分それだろう。
陽南乃の言葉を聞いた瞬間そう思ったが、黙っておく。
流行りに敏感なわりに、それらに大した熱を注いでいないように見えた陽南乃が、珍しく本当に楽しそうに話す姿を見たら、野暮なことを言う気は失せた。
きっと陽南乃はそのバンドを、流行っているとか関係なく、好きになったのだろう。ならばそれを応援するのが親友の役目だ。水を差すことではない。
……のだが。
「人気の理由、それじゃないのぉ?」
分かっていても言ってしまう、正直すぎる自分の口が恨めしい。
言うつもりはなかった。信じてほしい。
「なんてこと言うんだ!と、言いたいとこだけど実際それはあるよねー。人気アイドルの弟だーってことで注目されてたのは事実だし。でもそれだけじゃないから!曲めっちゃ良いから!!マジで聞いてほしい!」
「……そこまで言うならぁ」
一曲くらいは、聞いてみようかな。
陽南乃が怒っていないことに安堵しつつ、贖罪の意味も込めて、帰宅後の予定を変更した。
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