第3話 世界一熱い体験 Part1

 数日後。



 スパァン!!!



「ほーーずーー!!!」



 入学式の日以来、放課後になると毎日こうして陽南乃ひなのがやってくる。

 穂澄ほずみ的には嬉しい限りだ。


「ひなちゃんだぁ。今日も迎えに来てくれてありがとぉ。じゃあ、帰ろぉ」


 いつものように手をつないで、教室の扉のほうへ足を向けたところで、


「あっほず。ちょっと待って」


 つないだ手が、くい、と引かれて、穂澄は立ち止まる。

 どうかしたのだろうか。

 首を傾げる穂澄の目の前に、陽南乃は一枚の紙を、ビシッと突き出した。



「今日はね……部活見学があるんだよ!!」




「ぶかつけんがく?」


 首をかしげる穂澄を見て、ギャグ漫画みたいにずっこける陽南乃。

 しかし、部活見学なんてあっただろうか。全く思い当たるものがない。

 まぁ、ただ穂澄が聞き流していただけという可能性もあるが。


「あれー!?そっちの担任の先生が、『今日から部活見学よーー!!みんな剣道部にいらっしゃ~い♪』って騒いでたの、うちのクラスまで聞こえてきたけど……」


 聞き流してだけだったらしい。


 そういえばそんなことを言っていた気もする。

 二十四時間三百六十五日ぼーっとして過ごしている穂澄にとって、こういうことは珍しくないので、特に驚かない。


 穂澄の担任は剣道部の顧問をしているらしく、日々の言葉の端々から剣道部愛がうかがえる人物だ。そのため、この新入部員獲得の機に乗じて、自分のクラスの生徒たちに剣道部を布教(?)していたのだろう。

 穂澄は、剣道部に入部するつもりなど微塵もないけれど。運動したくない。


「そういえばあったような気もしてきたぁ、部活見学」

「ほずってば、また話聞いてなかったでしょ~?」


 親友にはすべてお見通しである。


「うちの学校、部活強制だしねー。必ずどっかに入らないとだから、ちゃんと部活見学行かないと」


 そうだった。

 穂澄は、部活動が強制であることを今の今まですっかり忘れていた。

 しかしそうはいっても、興味のある部などない。強いて言うなら帰宅部か。

 この学校を選んだのも、陽南乃が受験すると聞いたからで、入りたい部活動があったからとかではない(ちなみに陽南乃がこの学校を志望した理由は、制服がかわいかったから)。

 困ったことになった、と穂澄は頭を抱えた。


「ひなちゃんは、どこか入りたい部活あるのぉ?」


 困ったときの大親友。

 今回も陽南乃についていけばなんとかなるだろう。多分。


 陽南乃は、よくぞ聞いてくれた!と言いたげな得意げな表情。

 そのまま、天井をピシッと指差してこう言い放った。


「軽音部、だよ!!」


「おおぉ!」


 陽南乃の迫力に、なんとなく拍手する穂澄。


「でぇ、なんで軽音部なのぉ?」


 率直な疑問。

 陽南乃は幼いころからテニスをしていたし、てっきりテニス部を選ぶかと思っていたが。


「ほら、バンドってなんかかっこいいじゃん!?ステージでライブするのも楽しそうだし、やってみたいなーって」


 実に陽南乃らしい(褒めてるつもり)。

 昔から、感情とか衝動とか、そういうものを燃料にして生きている子なのだ。

 そんな陽南乃のことが、ずっと大好きなわけだが。


「今日、体育館でライブしてくれるみたいだし、一緒にいこうよー!」


 確かに、陽南乃が持っていたビラには、今日の16:30から体育館ライブを行うと書かれている。

 別に用事もないし、陽南乃が行くなら絶対に行く。


「いいよぉ、行こぉ」

「やった!!楽しみだねー!」


 わーい!と言いながら抱きついてくる陽南乃。嬉しそうで何よりだ。

 問題は、そのライブまで若干時間が余っていること。特に行きたい部はないし、ぶっちゃけ暇である。


「ライブまで時間あるねぇ。どうするぅ?」


 そう陽南乃に問いかけたときだった。


「あらぁ、あなたたち、暇そうね。もしよければ剣道部にいらっしゃい?」


 いつのまにか背後に、穂澄のクラスの担任である黒木先生が立っていた。

 その目はまるで、獲物を見つけた狩人のようだった。


「いやでも、」

「ん?」

「なんでもないです」


 陽南乃が反撃を試みるが、黒木先生の圧にあっさり折れた。

 先生の視線が、大蛇のように二人に絡みつき、身動きが取れない。

 本能が告げる。黒木先生コイツに逆らってはいけない、と……。


「それじゃあ、行きましょうか。いいわね?」

「「はい!!」」

 二人に拒否権はなかった。



 穂澄と陽南乃二匹の獲物黒木先生狩人に捕獲され、武道館へと引きずられていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る