第2話 今だけは
◆クラウス18歳 ギルベルト30歳
悲鳴が聞こえた。長く尾を引く、悲痛な叫び。
ギルベルトは、読んでいた本を放り出した。居心地のいい暖炉のある部屋を出、階段を駆け上がる。
悲鳴は、二階の一番奥の部屋から聞こえてくる。
「クラウス!」
ドアを開けると、悲鳴は、一層、大きくなった。
クラウスは、部屋の隅のベッドにいた。毛布は跳ねのけられていた。胎児のように体を丸め、がたがた震えている。ほのかな月明かりの中、目を、しっかりと閉じているのがわかった。
「クラウス……」
ギルベルトは静かに、ベッドに近寄った。
「また、発作が出たか。かわいそうに……」
その肩に、そっと手をかけた。びくりと、クラウスの体が震えた。激しい勢いで手が伸び、ギルベルトの手を払いのけようとする。
「クラウス。俺だよ」
耳元でささやく。
クラウスが低く唸った。悪夢を見ているのだ。
医者は、無理に目を覚まさせるのは危険だと言っている。そのまま眠らせておくことだ。力尽きて、そのうち、暴れなくなる。但し、舌を噛むといけないから、布を巻いた平たい棒を、口の中に押し込んで……。
……そのまま放置することなんて、ギルベルトにはできなかった。
強引にクラウスの体を抱き起し、座らせた。力の入らない体は、すぐにでも、ぐずぐずと崩れそうになる。自分もベッドに上り、強く抱きしめた。クラウスの体が、ひどく震えているのがわかる。
「いや! いや!」
叫んで、懸命に逃げようとする。
「大丈夫だ。俺だから。な?」
あやすように言って、強く抱く。
クラウスの目は、固く閉じられたままだった。青ざめた瞼が、ぴくぴくと動いている。
その瞼に、ギルベルトは口で触れた。
……彼には、何も見えていない。
……何も、記憶に残らない。
だから。
……今だけ、できる。
……今しかできない。
クラウスの全身から、力が抜けた。
「そうだ、クラウス。いい子だ」
「いい子?」
微かな声が、問いかけた。力をこめて、ギルベルトは答えた。
「そうだよ。お前はいい子だ、クラウス」
月明かりの中で、クラウスがほほ笑んだような気がした。そのままそっと、ベッドに寝かそうとする。少しずつ体を傾け、布団に押し付ける。頭を枕に乗せ、体を離そうとした。
クラウスの両腕が伸びてきた。ギルベルトの体に回り、締め付ける。あっという間に、ギルベルトは、絡めとられた。
「……クラウス」
クラウスは、目をつぶったままだった。目を閉じたまま、必死の形相をしていた。全力で、がむしゃらにしがみついてくる。
たまらず、態勢が崩れた。ギルベルトは、クラウスに引きずり込まれるような形で、その上に覆いかぶさった。
その合間も、クラウスは、両手両足を使って、ギルベルトを拘束してくる。せっかく止まった震えが、再び、全身を、おこりのようにふるわせていた。
きっとまた、叫びだす。いつものように。
治まったように見えても、ギルベルトが立ち去ろうとすると、クラウスの発作は、再びぶり返す。眠ったまま、悪夢との狭間で、激しくギルベルトを求め続ける。
「わかったよ」
耳たぶを噛み、ささやいた。
「今夜は、そばにいてやる」
首筋から胸へと唇を這わせると、クラウスは、身をのけぞらせた。服を脱がそうとすると、自ら、袖を抜き、脱ぎ捨てた。白いからだがあらわになる。月の光を吸って、輝くようだ。
この体を見ると、ギルベルトは、いつも、畏れを感じる。何か、触れてはいけないもののように思うのだ。しかし同時に、めちゃくちゃに汚し、蹂躙したい欲望にも襲われる。
誰も見ていない。だから、何をしてもいいのだ。これは、この美しい体は、自分だけのものだ。そんな風に思う。
呼吸に合わせ、胸は、静かに上下している。生きてる証。それが、ギルベルトに自信を与える。
かがんで、そっと胸に顔を埋める。鳥肌の立った肌に舌を合わせ、だんだん、周囲を狭めていく。左手で右胸を探りつつ、左胸に舌を集中させる。小さな胸の突起を探り当て、執拗にしゃぶる。薄く色づいたそれに指で触れると、しっとりと吸い付いてきた。
右胸も、容赦はしない。左胸から離した舌を、今度は、右胸に這わせる。左胸は、指でつまんだ。どちらも自分のものだ。
……今は。
……今だけは。
クラウスの鼓動が聞こえる。規則正しかったそれが、次第に速度を速め、強くなっていく。規則正しい3拍子が、乱れ打つ4拍子に変わった。
「起きるか? クラウス」
小声で尋ねると、いやいやをするように、首を横に振った。
「いいよ。眠ってろ」
やや乱暴に、下穿きをずり下げる。
「忘れさせてやるから。なにもかも、全部」
そこもやっぱり美しかった。クラウスの色で、クラウスの形で、クラウスの匂いがした。
クラウスの息使いが激しくなる。
ひときわ強く髪をつかまれた。
泣きながらクラウスは達した。
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