嵐のよるに

touhu・kinugosi

第1話

◆執務室

 

 ガタガタと窓が風でゆれた。

 強い風がふいている。

 ガラスが叩きつけるような雨水の膜でぬれていた。

 外はひどあらしだ。

「アレス様、大変ですっ」

 メイドのアンナが息を切らせながら執務室に飛び込んで来る。 

 一つにまとめた茶髪のおさげ、茶色い目、眼鏡をかけた美少女だ。

「どうした」

 自分は書類仕事の手を止める。

「ヨド村のがけがくずれましたっ」

「なんだと、被害はっ」

「まだわかりません、村の一人が命からがら知らせに来ました」

「すぐに村に向かう、魔道甲冑モーターアーマーの用意を」

「はいっ」

 アンナが魔動甲冑モーターアーマー格納庫ハンガーに走る。 

 自分は一度居室に戻り大急ぎで騎士服パイロットスーツに着替える。

 所々に綿わたが詰められ、操縦席の壁に打ってもけがのないようになっていた。

 ここ、西方ウエイス辺境伯領主館の一階は、魔動騎士モーターナイトの格納庫になっている。

 石造りの床の真ん中に、飾り気のない魔動騎士モーターナイトが片膝をついて座っていた。

 胸部装甲が上に跳ね上げられ、操縦室内が見えている。

 背中に大きな背負い袋を背負う。

「救援物資と医療品の積み込み、終わってますっ」

 背負い袋を見ながらアンナが大声で言った。

「若様あ、ありがとうございますっ」

「騎士まで出してくれるんですね」

 ビショビショに濡れた村人が言う。

 普通の貴族は平民のために騎士は出さない。

「ああ、まかせておけ。 風邪をひく、すぐ風呂に入れ」 

 アンナが何かを言いたげにこちらを見ている。

 連れていってほしそうだ。

「それと、アンナ」

「はいっ」

「アンナはヨド村の出身だ。案内をっ」

 村に祖父がいる。

「はいっ」 

 自分は、操縦席の後ろにたたんでいた副操縦席を展開した。

 本来一人乗りの機体が、二人乗りになる。

 四角い盾と腰に剣。

 魔動騎士モーターナイト用のシャベルを腰の後ろに横向きにつけた。

「アレス様っ」

 伸ばしてきたアンナの手を取り副操縦席にエスコート。

 ヒラリとメイド服のロングスカートがひるがえる。

 フワリと機械臭い騎内に甘い香りが広がった。

 自分は操縦席に座った。

魔道機関モーター起動」

 こまごまとしたレバーを入れる。


 ブブブブブ


 機械式のメーターの針がねた。

 ガクン、と魔動騎士モーターナイトの関節がけいれんするように動く。  

「各関節、動力伝達確認」

 フットレバーを踏み込むと、体長約七メートルの魔動騎士モーターナイトなめらかに立ち上がった。

「村人を頼んだぞっ」

「気をつけて行ってくるのですよっ」

 領主である父と母が大声で言う。

「はいっ」

「行ってきますっ」

 自分とアンナが言った後、胸部装甲を下ろした。

 外の景色が内部モニター一面に映る。 

「開きます」

 魔動騎士モーターナイトを格納庫の大きな扉の前まで歩かせた。

 盾を持っていない左手で扉を開く。


 ゴオオオオオオ

 バラバラバラ

 ザザザザア

 

 開いたと同時に風や雨が格納庫に吹き込んだ。

 すぐに外に出て扉を閉めた。


◆城塞都市


 辺境伯の領都は小さめの城塞都市になっている。


 ズシュン、ズシュン


 魔動騎士モーターナイトがちょうど一騎通れるくらいの広さの大通り。

 騎体を少し早足で歩かせた。

 れた石畳が両肩のライトに照らされて光って見える。

「ウトじいは無事だろうか」

 アンナは幼馴染だ。

 両親を事故で亡くしたアンナは、メイドとして城に来るまで祖父のウトと二人暮らししていた。

 幼い頃はよくアンナの家に遊びに行ったものである。

「多分、大丈夫だと思います」

 不安げにアンナが言う。

 茶髪のおさげが少し震えていた。

「そうだな」

 昔、きこりをしていたウトじいの広い背中を思い浮かべた。 


 ピシャア


 辺り一面が白く光る。

「きゃあ」

 落雷にアンナが可愛い悲鳴を上げた。


◆街道


 城門を出た。 

 嵐は全然衰える様子が見えない。

 夜で、さらに激しい雨と風に視界はほぼ無かった。

 しかし、どんな悪条件下でも活動出来る軍用の魔動騎士モーターナイトである。

暗視ナイトビジョン作動」

 魔動騎士モーターナイトの持つ夜戦用の装備の一つだ。

 色は見えないが見分けはつく。

「急ごう、高速移動する、シートベルトをしっかりしめて」

 後席のアンナに声をかける。

「はいっ」

 アンナが、二点式で斜め十字にクロスするシートベルトをきつく締めた。

 豊かな胸部にシートベルトが食い込む。 

「気分が悪くなったらすぐ言うんだよ」


 カキン


 左手で安全装置を握りながらレバーを後に倒す。

 [歩行]と書かれていた場所から[高速]に切り替える。

 右手は足の間から延びている操縦桿へ。

 左手はスロットルレバーへ。

 スロットルレバーを開ける。


 フオン


 両肩の後ろと太ももについた魔道推進器ジェットから青い光がもれた。

 重力制御魔法で騎体が少し浮く。

「いくよ」

「はいっ」

 スロットルをゆっくりと上げた。

 そのまま、約時速八十キロメトルまで加速。

「ひゃ、ひゃあああ」

 馬車以上に早いものに乗ったことのないアンナが可愛い悲鳴を上げる。

 暗い街道を、白い雨粒の煙を出しながら魔動騎士モーターナイト疾走しっそうした。


◆落ちた橋


「あっ」

 スロットルを戻しエアブレーキを作動。

 肩と太ももの両横に複数丸い穴の開いた板が飛び出す。


 ズザッ


 重力制御もきかせて騎体が止まった。

「アレス様、橋が」

 高速移動でれていた眼鏡を直しながらアンナが言う。


 ゴオ、ゴオ


 目の前には増水し音を立てて荒れ狂う川。

 かかっていた木製の橋が根元を残して流されていた。

 川幅は約2キロメトル。

 渡れないことはないが手荒い操縦になる。

 アンナを危険にさらすのは……

 後ろを振り向いてアンナを見た。

「少し上流に行くと渡れる場所があります」

 眼鏡の奥のぱっちりとした茶色い瞳がこちらを見つめ返す。

「わかった、行こう」

 アンナの案内通りに上流に向かうと川がせばまった所に出た。

 川面は大荒れで高い波が立っている。

「一気に渡る、揺れるぞ」

「はいっ」

 背中に背負い袋を背負った魔動騎士モーターナイト飛行装置フライトユニットは装備出来ない。

 あくまでも低空を行くホバー飛行止まりなのだ。

「行くっ」

 スロットルレバーを引き川の上へ。


 ザパアン


 モニターの下部に映る荒れた川面。

 その少し上をホバー飛行する。

 時々、高波が騎体の足に当たりガクガクと激しく揺れた。

「くっ、このっ」

 せわしなくレバーを全身で操作した。

 高波が当たるたびにバランスを崩そうとする騎体を必死に立て直す。


 ズザザア


「渡れましたあ」

 アンナのはしゃいだ声が後席から聞こえる。

 騎体が対岸の河原に滑り込む。

 [歩行]モードにすかさず切り替え、大慌てに川から離れた。

「ふう」

 これで一安心だ。

 後席に手の平を向けると、アンナがパチンとハイタッチして来た。


◆山道


「こっちに近道があります」

 アンナの言うとおりに進むと、増水した川を渡った河原のすぐ近くに、山に続く道があった。

 山の上にウド村があるはずだ。

 道幅は馬車一台分くらい。

 木々と木々の間に道があった。

「分かった」


 ズシュ、ズシュ


 高速移動は使えないので走っていく。

 たまにバシッと風にあおられた木の枝が騎体に当たる。


 ピカリ

 

 時々稲光が光る。

 雨も風も衰えていない。

 村への道の半ばくらいまで来た。


 ドドオオン


「うわっ」

「きゃあ」

 目の前の木に雷が落ちる。


 ガアアアア


 突然、獣のほえ声が聞こえた。

 「あ、あれは」

 アンナの驚きの声。

 木々の間から、騎体と同じくらいの大きさの虎が現れた。


 パリパリイ


 虎の毛皮の表面を小さな雷が走る。

暴風虎シュツルムティーガーだ」

 雷属性の魔力を持った獣、”魔獣”である。

 普通はもっと山の奥にいるのだが、嵐の雷に誘われて下まで降りてきたようだ。


 グルルルル


 暴風虎シュツルムティーガーがこちらをにらみつけ威嚇いかくの声を上げる。

 雨で緩んだ狭い未舗装の坂道。

 逃げられない。

「アンナ、戦闘になる、目の前の左右のバーを両手で持って頭を下に下げて」

 戦闘機がカタパルト発進するときの後席の姿勢だ。

 ぽすっと自分のかぶっていた固い紙製のヘルメットをアンナにかぶせる。

 少し大きいようだ。

 ずれて眼鏡が隠れた。

「ゆれるよっ」

 ふるえながらバーをにぎったアンナの手を安心させるように自分の手でおおう。

「は、はいっ、私を気にせず存分ぞんぶんにっ」

 一瞬、指をからめてつないだ後手を離した。

 健気けなげなアンナの声にすこし頬がゆるむ。

 が、キッと虎をにらみつけながら腰の剣を抜いた。

 背中の背負い袋をパージ。

 重力制御魔法でふわりと少し離れた地面に下ろす。

 実用一点張りの分厚い剣を虎に向ける。

 剣先は斧の刃の様に扇形おうぎがたになっていた。

 ジワリ、半歩間合いを詰める。


 パリパリパリ


 暴風虎シュツルムティーガーの額の前に黄色い光の玉があらわれた。

雷球ライトニングスフィアだっ」

 すかさず右手の四角い盾を前に。


 パキュウウウ


 木と木の間の狭い道を雷球ライトニングスフィアが走る。


 ドオオン


「くうっ」

「きゃっ」

 盾に当たった。

 盾と騎体の表面に施された、対魔術コーティングの呪文がさざめくように輝く。

 少し薄くなった。

 耐えれるのはあと一発。

「今度はこっちだっ」

 魔動騎士モーターナイトの標準的な装備であり、重力制御魔法を使った無属性の魔法。

重力球グラビティスフィアっ」

 騎体の前に一瞬黒い球があらわれ、暴風虎シュツルムティーガーに飛んでいく。

 しかし球速は遅い。

 ヒラリとよけられた。

 背後の木に重力球グラビティスフィアが当たり点のように圧縮される。

「まだまだあっ」

 フットペダルを蹴るように踏みこむ。

 背中の装甲の一部が跳ね上がった。


 ドオン

 

 背中と両肩、太ももの魔術推進器ジェットを全開。


 ザシュッ


 重力球グラビティスフィアけてひるんだ暴風虎シュツルムティーガーの鼻づらに一瞬で飛び込み剣を振り下ろす。

「浅いっ」

 かすり傷だ。

 暴風虎シュツルムティーガーがたまらず後ろに下がる。

「ここだっ」

 右手の盾で殴る。


 ズドン


 と同時に、盾の裏に装備された巨大杭打機パイルバンカーを作動。

 巨大な杭を撃ち出した。


 ギャアアアア


 巨大杭打機パイルバンカーに肩を撃ち抜かれた暴風虎シュツルムティーガーが木々の間に吹き飛ぶ。


 ギャッ、ギャッ


 おびえたような声を出しながらそのまま暗闇の中に姿を消した。

「逃げた、終わったよ、村にいそごう」

 戦闘中、悲鳴を上げず頑張ったアンナの頭を優しく撫でる。

「はいっ」

 アンナの頬が少し赤い。

 下ろしていた背負い袋を回収して村に続く坂道を進んだ。


◆村


 ヨド村についた。

 山と山の間にある家が五十戸くらいの小さな村だ。

 激しい嵐で周りは良く見えない。

 村の真ん中にある教会にチラチラとあかりが見えた。

 村人が避難しているのだろう。

「照明弾をあげる」

「はいっ」


 ポンッ

 シュウウ


 村の空に光の弾が飛んであたりを照らした。

 村の三分の一が土砂に埋まっている。

 教会に続く道を足首が泥に埋まりながら進む。

 近づくと教会に土砂が流れ込んでいる。

 村人が土嚢どのうを積んで必死に食い止めているようだ。

「救援に来たぞ」

「来ましたよお」

 外部スピーカーで雨風の音に負けないように言う。

「おおお」

「アレス様だ」

「アンナもいるぞ」

「こんな小さな村に騎士を出してくれた」

 普通の貴族は平民の小さな村に騎士は出さない。

 ましてや、嵐の夜に自ら来るなど考えもつかないだろう。

 感動でむせび泣いている村人もいた。

「少し下がって」

 腰に横につけたシャベルを取り出した。


 ガガガガ


 騎士サイズのシャベルでたまっていた土砂を一気にすくいのける。


 ズドン


 盾についた巨大杭打機パイルバンカーを地面に打ち込み外す。

 盾を土砂の壁にした。

 本来、巨大杭打機パイルバンカーは盾を簡易的なバリケードにするものなのだ。

「行方不明者は?」

「東に逃げ遅れた家族がいる」

「屋根の上にいた」

「わかった」

 救援物資や食料の入った背中の背負い袋を教会の入口に下ろした。

 救助のために村の東に向かった。

「おーい」

「だれか助けてー」

「あそこですっ」

 アンナが後席から手を出した。

 土砂に飲まれた家の屋根に人がいる。

 今にも家が流されそうだ。

「すぐ行く」 

 泥を踏みわけながら騎体を近づける。

 夫婦と幼い兄妹が屋根の上にしがみついていた。

 騎体の手を伸ばして家が流れるのを防ぐ。


 ガコン

 ゴオオオオ

 

 操縦席の戸を開いた。

 中に雨や風が吹き込む。

「子供を中にっ、アンナ頼む」

「はいっ」

 アンナが操縦席から身を乗り出して、夫婦から子供たちを受け取る。


 ズルッ


「うわっ」

 一瞬騎体が滑る。

「腕にしがみついてっ」

 夫婦が両腕にしがみつくと同時に後ろに下がる。

 両手で夫婦を受け止めた。


 バキバキイ


 家が倒れて土砂に流された。

「ふえええ」

「怖かったよお」

「よしよし、もう大丈夫よ、アレス様が助けてくれたわ」

 アンナが、後席でしがみついて泣いている子供の背中を優しく撫でていた。

 逃げ遅れた夫婦と子供たちを連れて教会に戻った。


◆アレス


 びしょびしょに濡れたアンナや子供たち夫婦を教会に下ろした。

 アンナは看護師的な訓練を受けている。

 ひきつづきシャベルで土砂をのける。 

 自分や操縦席もびしょびしょに濡れているが従軍中にはよくあることだ。

 そのまま、土砂を除け見回りなどの作業を続けた。

 嵐は段々と収まり、明け方近くには青い空が広がっていた。

 朝日がまぶしい。

 怪我人もいたがアンナが応急処置を行って事なきを得ている。

「アレス様は少し休んでください」

「そうだな」

 徹夜の作業でもうくたくただ。

 アンナに言われて教会の部屋で休む。

 濡れた騎士服を脱ぎ、毛布にくるまって椅子に座るとすぐに意識が遠くなった。


◆アンナ


「まあっ」

 アンナは小さく声を挙げた

 嵐が落ち着いたのでアレス様に個室で休んでいただいている。

 アレス様の様子を見に来ると椅子で眠られていた。

「うふふ、こんなにお疲れになられて」

 座っているアレス様の前にかがみ、愛おしく顔を覗き込んだ。

「祖父も無事でした」

 眼鏡を外す。

「ありがとうございました」


 チュツ


 私は寝ているアレス様に軽くキスをした。

「きゃっ」

 顔が熱く火照る。

 その後、起こさないようになるべくそーと静かにベットに、彼を運んだ。


◆執務室


「アレス様、お茶をお入れします」

「頼む、ありがとう」

 アンナがお茶を入れてくれる。

 嵐の後、アンナは自分の専属侍女になった。

 そして、幼馴染から恋人になり、ある貴族の養女となり、婚約者になる予定である。


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嵐のよるに touhu・kinugosi @touhukinugosi

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