miracle music in 2024.8.29
マイペース七瀬
第1話
2024年8月の末である。
ここは、九州地方のA県A市である。
博多駅から、九州新幹線で、数時間のところにある。
東京から転勤している40代後半の会社員ユウイチは、今日は、出勤なんてできてはいなかった。
雨がどんどん、降り、風が、ごうごうと音を立てて、家の中を騒がしくしている。
この2024年8月は、酷い暑さだった。
そして、2020年から流行していた新型肺炎コロナウイルス感染症が、終わったと思いながら、まだまだ、流行していた。
そんな時だった。
スマホの警戒アラームが、ピコピコと鳴った。
ーA県A市は、今すぐ、避難してください
A市災害対策本部
とあった。
しかし、ユウイチは、まだ、転勤して、一か月しかなかった。
外を見て、どこへ逃げたら良いのか。
それは、分からない。
その時だった。
どんどんどんどんとドアの音が鳴った。
こんな時に誰だろう?とユウイチは、思ってみたが、「ヒカワさんヒカワさん」と、自分の名前を呼ばれているのに、気が付いた。
60代の男性の声だった。
「はい」
「ヒカワさん」
「はい」
「あんたも、今すぐ、B町の公民館へ逃げるんだ」
と白髪交じりの管理人さんは、言った。
ユウイチは、食品メーカーの営業マンである。
この九州地方のA市A市に、転勤になって、そして、キャベツの販売に力を入れるために、来たのだが、さっぱりだった。
いや、若い時、ユウイチは、本当は、音楽に興味があったが、就職難で、レコード会社に採用されず、今の食品メーカーで、キャベツの販売をしている。そして、少し前まで、彼は、いきものがかり『ブルーバード』とか『ありがとう』とか聴いていたし、カラオケでは歌っていた。
そして、2024年4月に、連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌の米津玄師『さよーならまたいつか!』が、あって、それを覚えていたが、ある頃から、「歌なんて、もう、恥ずかしくて歌えない」とか「米津玄師『さよーならまたいつか!』は、難しい」と言われていた。
そんな中、60代の管理人の男性が、運転するクルマで、B町の公民館に着いた。
ユウイチは、そんな時、思った。
ああ、俺にも、彼女はいないだろうか?
と妄想した。
例えば、女優の誰それさんが、と妄想した。山本彩さんでも有村架純さんでも良い。そう妄想していた。
モテない男。
クルマなんて運転できない男。
そして、思ったのが、本当は、若い時、いきものがかりのボーカルの吉岡聖恵さんや、Mr.Childrenのボーカルの桜井和寿さんみたいになりたかったとも。
クルマは、5分で着いたが、あまり、人がいなかった。
見たら、年配の人も多かった。
そして、A市の役所の人もいたし、お医者さんや看護師さんも頑張って、対応をしていた。
テレビを観ようとしても
「こんなテレビ、つまんねえや」
と誰かが言った。
その時、みんな、怒り始めた。
「いや、こっちは、テレビがみたいから、観ているから、黙ってくれ」
となった。
そして、ユウイチは、若い時、少しだけ、バンドでボーカルをしていたので、思った。
ー歌えないだろうか?
ーいや、やっぱりやめようか
とも迷った。
その時だった。
ーラジオが、停電でストップした!!
と叫んだ。
そして、その瞬間、公民館も、電気が止まって、暗くなった。
暫くして、誰かが、ロウソクを立てて、明るくした。
「誰か歌でもギャグでも良いからしない?」
と言った。
その時だった。
ユウイチは、
「はい」
と言った。
そして
「米津玄師『さよーならまたいつか!』を歌います」
と、みんなを集めて言った。
「寂しいから、手拍子ください」
と言った。
ーどこから春が来るのか知らず知らず大人になった
ー見上げた空には燕が飛んでった
ー気のない顔で
その時、公民館の隅のピアノを誰かが弾いていた。
若い女性だった。
そして、ユウイチは、彼女と、3分弱、米津玄師『さよーならまたいつか!』を歌った。
終わった時、拍手があった。
そして、ロウソクを持ちながら、ピアノを弾いていた彼女が、ユウイチのところへやってきた。
「歌、上手かったですね」
「そう?」
「名前は?」
「ヒカワユウイチ」
「私、カモタニユウカ」
ユウイチとユウカは、二人で、その後も、いきものがかり『ブルーバード』や『じょいふる」を歌って、この2024年8月の台風10号で大変だったB町のみんなと乗り切ったらしい。<完>
miracle music in 2024.8.29 マイペース七瀬 @simichi0505
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