過去の君へ

気まぐれ猫

過去の君と私と

 街ゆく人々の歩く音、話声、笑い声、自動車の走行音、陽気な音楽、音響信号機の音。

 全ての雑音が夜に溶け込む。そんな街をぼんやりと物思いにふけながら自然と耳を澄ませた。


 然し背後は静寂として自分の静かな鼓動と呼吸音しか聞こえない。昔は沢山の人に囲まれ和気あいあいと夜を過ごしていたというのに。

 外を観察してみると男女数人が夜の街へと消え去っていた。ふとあるもの達のことを思い浮かべた。



「なあなあ、お前はどう思う?」興奮気味に私に問いかけてくる彼


「勿論、私と同意見だよね?!」

 そんな彼を押し退けるように、聞いてくる三つ編みの似合う彼女


「おい!そんな引き込むような聞き方するなよ、ずるいぞ!」抜け駆けはなしだと言わんばかりに引き剥がすもう一人の彼


「お前らうるさいぞー」注意しながらも笑っている彼


「まぁまぁ落ち着きなよ。マスターを困らせるようなことしないでよ」諭すように止める大人びた彼女


「あはは、愉快だね」静かに見守り微笑む彼女




 些細なことで笑い、共に夜を過ごした人達。

 あの頃だけは、この広い場所も賑やかなパーティー会場へと成り代わっていて沢山のお客さんと巡り会い、会話に花を咲かせたもの。


 それがいつしか、訪れる足音も随分と減ってしまった。きっといつかはまた、あの頃の賑やかさが訪れると信じ今日も私は此処に居る。


 後ろをふと見れば笑い合う彼女や彼らがいると思い込んでしまい、静まり返り朽ち果てた寂しい場所を見て落胆することを毎夜繰り返す。

 まるでこの場に取り憑いた地縛霊のように何かを永遠と待ち続ける日々に自然と笑顔は造り物へと変わった。


 今日もまた少しの客を迎えて見送る。嗚呼、笑顔が崩れなかったかな、それだけが心配で見送る目には光がない。


 疲れ果てた心と何かを待ちこの場所にこだわり残り続ける矛盾に疑問を抱きながらも淡々と客を迎える。


 いつものように、「今晩は」と客を迎えた時その虚ろな目に光が差し込んだ。


「今晩は!久方ぶりだね。ちょっとだけ静かになったね」冗談を交えながらもまるでいつも通りに訪れたかのように言う彼の無邪気な笑顔に心踊った。再開に喜び時を忘れて。


 その後も続々と馴染みのある懐かしい客が訪れ、手土産と共に沢山の話を聞かせてくれた。今この時だけは昔のような賑やかさを取り戻し本来の輝きを取り戻した宝石のように眩しく輝いていた。


「ずっと何してたの?」ふと、そう問いかけて来る彼は相変わらずで、でも言葉に棘が混じっいても気付いておらず。そんな純粋無垢な彼の問にんー、と考える素振りを見せ

「此処で、君達が戻って来るのをずっと待ってたよ、ずっとね。」


 顔色一つ変えずに彼は

「へえ、随分とお淑やかになったもんだね。一途に待ってたなんてそんなに魅力的な人でもいたのかな?」昔と同じように無邪気な笑顔で聞いてくる彼を見て切なくて。


 ずっと、君の背中を見てたよ。ムードメーカーで沢山の人に愛された君を。突然居なくなった日もずっと君が戻るのを待った。そして君に合わせるように居なくなる人達の背中を見ても私は、ここで君と君達を待った。無性に消えたくなる日も心が枯れようともね。


 なんて言えもしない言葉を心の奥底に閉じ込めて。いつもの笑顔で



「おかえり、みんな」





 どうかこの夢が永遠に覚めませんように。


そのまま目が覚めることはなかった。




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過去の君へ 気まぐれ猫 @yorunokate2

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