第17話

 車の扉を開けて、外に出る。冷たい風が吹いた。ポッと薄暗い月明かりが僕の頬を薄く照らしている。りかちゃんと一緒にお父さんの後ろについていくと、りかちゃんのお父さんがタバコを片手に手を振ってくれた。

「こんばんは、ともむ君。うちのりかが迷惑をかけるね」

 りかちゃんのお父さんは、ゆったりとした笑みを浮かべた。

「いえ」

 僕は小さく礼をする。

「今、君のお父さんと話していてね、こういう提案が出たんだ。君とりかで小さな旅行に行かないかな?もちろん、僕たちもついていくけど」

「え…すごいうれしいです」僕は頬が緩んだ。これなら、りかちゃんの願いが叶えれる。「あの、それはいつですか?」

「そうだね。今週は野外活動があるから、来週か、来月かになるかな」

「そん時は学校は休んでいいからな」

 お父さんが僕の斜め後ろから声をかける。

「本当に?」

 僕はお父さんの方を向いた。

「ねぇ、どうして急にそんな話になったの?」僕の横からりかちゃんが、少し強めに言った。それに対し、りかちゃんのお父さんが答える。

「りか、野外活動行かないだろ。だから、少しでもその代わりになればいいと思ってね」

「…そうなんだ」

 りかちゃんが嬉しそうにはにかんだ。

「ともむもそれでいいか?」僕のお父さんが言った。

「うん、いいよ…あ、でもそれ今日にできない?」僕はしっかりお父さんの方を向いて、強く言った。

「今日?」お父さんが首をかしげる。

「うん。りかちゃん、野外活動いかないじゃない?だから、野外活動の代わりを今日するの!」

「今日は無理だ」お父さんが困った顔で言った。「それに、そうするとともむが野外活動に行けないだろ」

「それは別にいいよ」

 僕はりかちゃんさえ良ければ、野外活動なんかに行けなくてもよかった。

「本気か?」お父さんは真面目に言った。「野外活動なんて、そうそうあるもんじゃないぞ」

「うん」

 僕は思いっきり頭を縦に振った。

「それでも、今日明日は流石に無理だ。それに、りかちゃんは怪我をしてるし」

「…私も行きたいです」

 りかちゃんがお父さんに言った。

 その言葉を受け、お父さんは困った顔をしながら目線を僕の後ろに向けた。

「わかりました。りかがそういうなら、そうしましょう」

 僕の後ろからりかちゃんのお父さんがそう言った。

「え…いいんですか?」僕のお父さんが驚く。

「…でも、僕は同伴できないので、りかのこと、お願いすることになりますけど」

「ああ、ええ、それなら大丈夫です。それじゃあ、行き先はどうしましょうか…」

「キャンプがいい!」

 僕はここぞとばかりに宣言する。

「りかちゃんに星空を見せたいんだ!」

「え…キャンプ?」お父さんがオウムのように返した。

「りかはそれでいい?」りかちゃんのお父さんが訊く。

「うん。それがいい」

 りかちゃんははにかみながら頷いた。

「それじゃあ、キャンプにしましょうか。すみませんが、お願いします」

「あ、ええ。キャンプですか…」お父さんは少し考えてから、頷いた。「そうですね…それじぁあ、明日のお昼前にりかちゃんを迎えに行きます。お昼ご飯も一緒に。そんなかんじでいいですか?」

「わかりました。それで大丈夫です。すみませんが、りかをお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。夜遅くにどうもありがとうございます」

 僕とりかちゃんは顔を見合わせ、急な展開に驚きながらも言葉もなく微笑みあった。

「やったね!」

 僕は小さな声で言った。

「うん。ありがと」

 りかちゃんは満面の笑みで頷いてくれた。

 

 帰宅すると、もう時刻は十時まえ。お母さんは寝てしまったのか、家の中はとても静かだった。僕らは食卓を挟んでお茶を飲んでいた。

「すっかり目が冷めちまったな…しかし、キャンプなんて久しぶりだな」

「そうなの?」

「覚えてないか?お前がこーんな小さいときにはやってたんだが」

 お父さんが手の平を下に押すジェスチャーをする。

「…覚えてないよ」

「そうか、まぁ楽しいよキャンプ。野外活動の準備も、こうならやっといてよかったな」

「うん」

「…嬉しそうだな」

「え?」

「良かった良かった。お父さんもお前が嬉しそうで何よりだ」

「…ふふん…そうかな」

「りかちゃんといい思い出作れよ。怪我のお詫びも兼ねてな」

「…あ、知ってたの?」

「お、やっぱりそうだったか」お父さんはしっかりと頷いた。「憶測だったんだけどな。お前の落ち込みっぷりとかみてると、なんとなくわかるもんだよ。これからは、誰かを怪我させたらちゃんとお父さんに言うんだぞ」

「う…ごめんなさい」

「わかったならよし。明日は朝早くから準備だ。お父さんは仕事を休むから、ちゃっちゃとやるぞ」

「うん。頑張る」

「それじゃあ、寝ようか」

「うん、おやすみなさい」

 僕は先に二階に上がった。


 こうして、僕は明日、野外活動に行かずりかちゃんと星空を見に行くことになった。りかちゃんの他に、僕も野外活動を休んでしまうだなんて、班のみんなには申し訳なかったけど、それでも、僕はりかちゃんに怪我の謝罪を…それに見合う対価をあげたかったんだ。

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