第6話

 りかちゃんの怪我は右手首が上手く動かせない、と言うものだった。動かすと痛みが伴い、まともに指すら動かせないという。最初は打撲を検討した。しかし、雄二が骨折かもしれない、と言いだした。りかちゃん達は神妙に頷いて、それに賛同した。

 僕は一応その場に参加していたが、何をどうするもなく、ただただ立ちっぱなしだった。何度かりかちゃんに謝ろうとしたが、その場の雰囲気がそんなことをしている場合ではない、というような感じだった。

 主に、雄二が居たからだろう。彼は、本当に心配そうに、りかちゃんのことばかり気にしていた。

「なんにしろ、もう解散だな。りか、家まで歩けるか?」雄二が、ベンチに座るりかちゃんに言った。

「あ、うん。歩けるよ」りかちゃんは弱弱しく返事をする。笑みを浮かべてはいるが、覇気がなかった。「気にしないで」

「私と陽子で送ってくよ。私、りかの家知ってるから」りかちゃんのそばにいたふうかが強く言った。

「本当に大丈夫。一人で帰れるよ」りかちゃんが慌てて言う。

「自転車をこぐのは無理だろ。それに、誰かついていった方がいい。親、呼ぶ?」雄二が提案した。

「親は、ダメ」りかちゃんがすぐに答えた。「迷惑かけたくないし、携帯持ってないから」

「それじゃあ、歩いて帰ろ」ふうかが言った。「自転車は、りかの分だけ持ってく。私たちのはまた戻ってくるから。…陽子もそれでいい?」

「うん。全然大丈夫」陽子が真剣な口調で言った。

「分かった。それじゃ、俺達は待っとるわ。自転車の番人として」

 すぐに、動きは始まった。りかの身支度をふうかと陽子が手伝う。雄二はその時になって、視線を僕に向けた。僕に近づいて、小声で言う。

「ともむ。お前、気をつけろよ。りか、好きなんだろ?だったら、嫌われないようにな」

 思いのほか、彼は紳士的な笑みを浮かべていた。さっきのシリアスじみた口調ではない。

 こういう人間がリーダーなのだと、僕は感激した。

「…ああ」

「謝ってこい。もう、いっちまうぞ」雄二が優しく言った。

 僕はりかちゃん達の方を見る。

 彼女たちは準備が出来たのか、こちらを向いていた。別れの挨拶をいうのだろう、と思い、僕は急いでりかちゃんに近づく。

「…りかちゃん、ごめん」僕は精一杯頭を下げる。

「いいよ。気にしないで。事故だよこれは」りかちゃんが少し、おちゃらけたように言った。

「…事故、ねぇ」ふうかが怪訝な声を出す。「ともむ、ほんと、気をつけてよ」

「じゃあね」陽子が少し明るめな声で言った。

「お前らも気をつけろよ」雄二が僕の後ろから大声でいう。

「はぁい」陽子が代表して答えた。

 三人は後ろを向く。陽子がりかちゃんの自転車を引いて歩く。ふうかがりかちゃんのショルダーバッグを持って、肩を貸していた。

 僕は彼女達が公園を出るまでその場で呆然としていた。いつの間にか、雄二が隣にいた。

「ふうか、怒ってるな」彼は、笑っている。

「うん。…悪いことをしちゃった」

「まあ、しょうがない」雄二は僕の肩を叩いた。「落ち込むな。反省したらそれでいいんだ。もうすぐ、野外活動だ。楽しもうぜ」

 僕は、返事が出来なかった。

 明日、僕はりかちゃんの家に行くことになっている。

 彼女は僕を許してくれているのだろうか?

 僕は、どうやってりかちゃんに謝ればいいのだろう?

 そればかりを、考えていた。

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