僕とりかちゃん

第3話

　例により、いっせーのっせで公平にチームを決めた。二対二で分かれ、外れた一人がキーパーだ。最初は僕と陽子のチームで、相手が雄二とりかちゃんだった。ゴールキーパーは暑そうに太陽を睨むふうかである。網の間にあるポールとポールの間をゴールとし、僕らチームは先行として、ゴールから数メートル離れた位置からボールを蹴る。僕がボールを持つと、すぐ目の前に、雄二が現れた。僕は立ち止まり、陽子の位置を確認する。彼女は雄二の斜め左奥にいた。この構図は、恒例のパターンだった。僕は視線を雄二に戻る。雄二相手では簡単にドリブルを許してはくれまい。視界の端で陽子がボールを貰える斜め右に動くのが見えた。それをりかちゃんが阻止しようと、陽子の前の陣取ろうとする。だが、陽子はそれを見越したように、左、右とステップを踏み、躱しながらパスがいつ来てもいいよう僕を見続ける。しかし僕は、雄二を対面に置きながら若干後退しつつあった。雄二を抜ける気がしない。パスを出そうとは思うが、雄二の足が僕のパスコース全てを塞いでいるようで、なかなかパスが出せない。運動神経。ことサッカーに関すれば雄二は学年一位なのだ。僕が勝てる通りが無かった。ふと雄二の顔を見る。彼は真剣な表情で僕とボールを見ていた。あくまで全体を見ている。僕は彼のように全体を見るのが苦手だった。常にボールばかり気にしてしまう。ためしに、若干左にボールを蹴る。そうすると、雄二の身体全体が左に向いた。だが、足は動いていない。やはり突破は難しいと思う。結局僕は、ボールを自分の足の内側に寄せて守備に回す。

　気が付くと、ボールが足元から離れていた。慣れないことをして、少しだけバランスが崩れてしまったのだ。急いでボールを探すが、瞬間、雄二が近づいて来て、強引に、しかし鮮やかに僕の右横に転がったボールを奪い去った。

「あっ」　

　驚くうちに、雄二は方向転換を開始しゴールに向かって進んでいく。雄二の前にすかさず陽子が出て、それを止めようとする。雄二の足が止まった。僕は雄二の斜め後ろからボールを取ろうと雄二に近づいた――その時、雄二がボールを蹴った。

「あっ」

　ボールは綺麗な歪曲を描いて陽子の斜め後ろに居たりかちゃんに届く。フリーだった。

「こら、まてー！」

　陽子がすぐに方向転換し、りかちゃんを追いかける。だが、りかちゃんはもう背中を見せていて、ゴール数メートル前まで来ていた。右足を軸にシュート体制に入ろうとしている。りかちゃんがボールを蹴ろうとした瞬間、陽子が間に合った。りかちゃんがシュートの姿勢を辞め、急いでボールをキープしようとする。だが、陽子はいち早くキープ先に狙いをつけ、足を滑り込ませ奪ってしまった。そのままの流れで左に動き、利き足ではない左足でシュートを打つ。そのボールはころころと特段威力があったわけでもなかったが、キーパーであるふうかがうかつにも目を閉じて、きゃっ、と身体をねじってポーズを作ったため、ボールは弱弱しくもゴールの網を揺らした。一点決まった。

「やった！」

　網が揺れる音の中、陽子が無垢な声を上げる。するとふうかが目をゆっくりとあけて、あれ？、と言う表情をした。だが、りかちゃんと雄二はふうかに注意することもなく、二人とも揺れる網を見て笑いながら、まじかー、とか言っている。僕は唾を飲みながら、雄二の後ろに突っ立っていた。陽子が僕の方に近づき、いえーい、とハイタッチを申し出る。僕はそれに受け答えようと腕を宙に伸ばす。バシッ、と軽快な音が響き、手のひらがジンジン痛くなった。少し恨めしい気持ちで陽子を見るが、彼女は太陽のような輝かしい笑顔で僕を見つめ、やったね！、と嬉しそうに言った。その時、時間が少しだけ止まったような感覚があった。

　気が付くと、雄二と陽子が僕の目の前で会話をしていた。僕は彼らの会話を聞こうとしていたが、靄がかかったようにその声は聞き取ることが出来なかった。足の下が熱気でジンジン痛んでいた。頭がぼんやりとし、息を吐くことすらなんだか辛かった。

　太陽の日差しが鋭い。

　熱中症かな。　

　しかし、一歩前に出るとその全ての感覚が元に戻った。

「んじゃあ、次俺がキーパーやるわ」　

　不意に、雄二が僕に声をかけてきた。

「分かった」

　僕は何も聴いていなかったが、その場のノリで元気よく答えることができた。

　今度は四人でチーム決めをする。

　僕は夏の太陽にやられながらも、サッカーを続けた。