第16話 歩く落とし物預り所
「お客さん、ぜんぜん戻らないね……」
「それどころか、さらに減ってないか?」
わたしと西園寺は、大通りを眺めながらつぶやく。
今日は土曜日。しかも三連休初日。
本来ならば、有栖町は観光客でにぎわう。
でも、人はまばらだった。
「これも炎上の影響なのかなあ」
わたしが、自分の顔ぐらいあるえびせんべいにかじりつくと、西園寺はいう。
「それもあるだろうけど、今は時期が悪いんだよ」
西園寺はそこまでいうと、自分のえびせんべいをかじって、続ける。
「例の、『コヨーテパーク』がリニューアルしただろ、それから『ネズミーランド』に新エリア登場、『ORZ』はハロウィンイベントの真っ最中」
「じゃあ、お客は他のテーマパークに流れちゃうじゃん」
「そりゃあ、どこも必死だからな。客が来るように工夫してるから流れるのもしかたがない」
「だけど、それじゃあ困るよ。お客が戻ってきたら、わたしが落とし物預り所を再開したいと思ってたのに……」
「別に、今やればいいんじゃないのか?」
「えっ? 今やるの?」
「そう。今だって少ないながらもお客は来てるんだ。それとも、緒代は大勢のお客しか相手にしないのか?」
「ううん。そんなことない! 少なくても、お客さんはお客さんだよ!」
わたしはえびせんべいを食べ終え、ベンチを降りる。
「ありがとう、西園寺」
「ま、がんばれよ」
西園寺は無表情でそういったけれど、口調は穏やかだった。
そうだ、西園寺のいうとおりだ。
大勢の客がいないと、落とし物預り所が成立しないわけじゃない。少なくても、お客さんを大事にしないと。
そう思って歩いていると、さっそく落とし物を見つけた。
地面にピンクのうさぎのぬいぐるみが落ちていた。
これは、ぴょん太の恋人のぴょん子ちゃん。
ぬいぐるみに触れると、小さな女の子と遊んでいる映像が見えた。
なるほど、これが持ち主かあ。
わたしは、ぴょん子ちゃんを持って女の子を探す。
ついさっきまでは、こんな落とし物がなかったから、持ち主はまだ近くにいると思うんだけどなあ。
持ち主を探していると、家族連れがレストランから出てきた。女の子が泣いている。
「どこに置いてきたの?」
お母さんらしき女性が、女の子に聞いている。
「わかんなああああい」
泣く女の子をそっと見ると、さっきの映像の持ち主そっくりだった。
わたしは、急いで女の子に駆け寄った。
「はい。落としものだよ」
女の子にぴょん子ちゃんを差し出すと、顔がぱあっと輝いた。
「あっ! ぴょんちゃんだ!」
女の子はそういうと、ぴょん子ちゃんを抱きしめる。
「ありがとうございます」とお母さん。
「ありがとうごじゃいます」と女の子がいった。
わたしは、家族に手を振り、その場を去った。
いやあ、いいことをするって気持ちいいね! この調子で、どんどん落とし物を拾って届けよう。
なにせまだ離れの家が使える状態じゃない。
母屋だと、普通の玄関が広がっているだけだから、お店っぽくない(預り所はお店じゃないか)
やっぱり雰囲気って大事だから、できれば離れの家でやりたい。
それには、まだまだ準備したいことがある。先に大掃除が必要だけど。
それまで待っているんじゃなく、自分で落とし物を拾って届ける。
つまり、わたし自身が、『落とし物預り所』なのだ。
そうして、良い評判を広めていけば、本格的に離れの家で『落とし物預り所』をオープンした時に有利になりそうだ。そうだ、これは立派な宣伝!
「名刺もつくっちゃおうかなあ」
わたしは鼻歌混じりにいうと、またまた落とし物を発見。今日はツイてるなあ。
いや、落とし物をした人からしたらショックかもしれないけど。
だから、わたしが届けるんだ!
落ちていたのは、青い宝石のついたきれいなペンダント。
触れた途端、映像が見えた。
三つ編みの女性がペンダントを大事にしている姿。
それから、映像が新しくなる。
三つ編みの女性がお年を召して、若い女性にペンダントを譲っていた。
若い女性はうれしそうにペンダントを身につけた。
「おばあちゃん、ありがとう!」
女性はそういうと、ペンダントにそっと触れた。
そこで映像は終わった。
初めて二人の持ち主の思い出を持っている物を見た。
そっか、このペンダント、おばあちゃんにもらった大切な物だったんだ。
じゃあ、なおさら届けなきゃ!
わたしは、急いで女性を探した。
あちこちの店を覗いてみたけど、それらしき人がいない。ワンダーランドにもいなかった。
日が暮れて、家に帰って作戦を練ろうとした時、カフェの窓際の席で、ため息をついている女性がいた。
持ち主発見!
わたしは、急いでカフェに入り、女性にペンダントを渡した。
女性は、「えっ、あ、わたしの! でも、どこでってゆーか、えっ?」とおどろいている。
そうだよね、なくしたと思ったらペンダントが戻ってきたんだもんね。
おどろきもするか。
でも、この能力って便利だなあ。
「あ、ありがとうね」
女性はぎこちない笑顔でそういった。
いやあ、よかったよかった。
良いことをするって、本当に気持ちいいなあ。これは癖になりそうだ。
それからというもの、毎日、落とし物を探しては、持ち主に届けた。
持ち主の顔がどあっぷ過ぎたり、見切れていたりする映像は苦労した。
でも、なんとか探し出して、持ち主を見つけたのだ。
お礼をいわれるたびに、わたしはうれしくなる。
ああ、わたしでも役に立てることがあるんだと思える。
わたしは、有栖町のお荷物なんかじゃない。
こうして今、誰かの役に立っている。
むしろ、今、一番仕事をしているのは、わたしなんじゃないだろうか?
そんなふうに、調子に乗り始めた頃に事件は起きた。
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