第15話 落とし物預り所?

「白鳥さんが、うらやましかった」

 わたしは無意識のうちに、そう口にしていた。

「うらやましい? わたしがお金持ちだから?」

「いや、そこじゃなくて……」

 わたしはちょっとだけ笑って、それから続ける。

「白鳥さんも、クラスのみんなのことも、羨ましいと思ってた」

「なんで?」

「みんな、親がお店を経営している。だけど、家は……」

 そこまでいって、わたしは黙り込んだ。

 すると、白鳥さんが少しだけ考えこんでから、口を開く。

「親じゃなくて、あなたが店を開けばいいじゃない」

「えっ? わたしが?」

「そう。みんなが羨ましいなら、あなたが自分で何か店を経営すればいいだけの話でしょ?」

 白鳥さんは大まじめな顔でそういっていた。

 わたしが、お店を経営? 考えたこともなかった。

 おどろくわたしに、白鳥さんはいう。

「まさか、そーんなことで悩んでたの?」

「そんなことって」

 わたしがいうと、白鳥さんは小さな声でいった。

「いいじゃない、いつもパパとママが家にいるなら」

 その言葉に白鳥さんを見ると、寂しそうな顔をしている。

 だけど、すぐにいつもの強気な表情に戻った。

 白鳥さんは、「悩みがないっていいわねー」と笑って、教室を出て行った。まるで嵐が去っていったようだ。

でも、胸がすっとした。

 白鳥さんに嫌われてるわけじゃないとわかったから、という理由もあるけれど。

 自分でお店を経営すればいい。

 そんな発想、わたしじゃ出てこない。

 白鳥さん、案外すごい子かも。

 それに、さっきはすごく悲しそうな顔をしていたから、きっと白鳥さんには白鳥さんの悩みがあるんだろうな。

 そう思うと自分は甘えているな、と感じた。


 家に帰ると、わたしは自分の部屋であれこれと考える。

 お店をやろう! といっても、すぐに経営できるわけじゃない。

 わたしはまだ小学生だし、両親だってそれぞれ仕事がある。

 将来……たとえば、高校を卒業してから、お店をしてもいいかもしれない。

 庭にひっそりと建つオンボロの離れの家は今は物置き変わりだけど、あそこをカフェとか雑貨屋にするのもいいな。

もちろん、きれいに建て直して。でも、そうすると、お金がかかるな。 

それに、高校卒業まで待っていられない。今すぐにでもお店を開けないかなあ。

 わたしはそう思って、離れの家に入った。

 埃っぽくて暗いここは、家というよりは、倉庫。

 ごちゃごちゃと物がある中、何か売れるものでもないかと探してみる。

 木製の棚がずらっと並んでいて、古い本やら桐の箱に入った壺、怪しげな絵など、おかしなものが所せましと置かれていた。

 もしかしたら、壺や絵は高いものかもしれないと思って触れてみる。

『これは人間国宝の陶芸家、〇〇氏の作品にそっくりですね』

『そりゃあ、そっくりに作りましたから』

 そんなやりとりが、見えた。

 ダメじゃん! これ贋作ってやつだよ!

 壺も、一番の思い出がこんなのでいいの?

 なんだかちょっと可哀そうになってきた。花瓶としてつかってあげようかなあ。

 ちなみに、絵はご近所のおばあちゃんが描いたものだった。有名な画家ではないけど、すごく絵がうまくてセンスあるなあ……。

 そんなふうに、お宝っぽいものは全部、思い出を見たけれど。

 どれもお金になるようなものではなかった。

 それに一度、物の思い出を見てしまうと、感情移入してしまう。

 どんなに価値の高い物でも、こうして思い出を知ると、売れないなあ。

まあ、価値の高い物なんてなかったけどね!

 骨董品で一攫千金ではなく、もっとかわいい雑貨とかないかな。それをきれいにして、売ってもいいかも、と思って今度は棚を漁る。

 古い巾着、うさぎの根付、きれいなブローチなんかがあった。

 レトロでいいけど、思い出を見るとぜんぶ、他に持ち主がいた。

 つまり、うちの家族の物ではないってこと? ひいおじいちゃんの世代とか、かなあ。

 それにしては、映像が比較的新しい気がした。

「うーん。これは不思議だなあ」

 わたしは首をひねりつつ、棚の雑貨に触れた。

 ここにある雑貨の類の思い出をぜんぶ見たけど、どれも見知らぬ他人が持ち主のようだ。

「どういうことなんだろ。おじいちゃんかおばあちゃんが借りパクの常習犯……だったとは思いたくない」

 そうつぶやいて、わたしは離れの家を出ようとする。

 ダメだ、ここにいると我が家の闇を暴いてしまうかもしれない。

 ドアを開けようとしたその時、 壁に何かが立てかけてあるのが見えた。

 埃まみれのそれは、木製の看板だ。

 そこにはこう書かれてある。

『落とし物預り所』

 わたしがその看板にふれると、映像が見えた。

 まだ若いおじいちゃんとおばあちゃんが、女性に巾着を渡している。

「探していたんです。ありがとうございます」

 女性はそういって、深々とお辞儀をした。

 女性と入れ替わりで、今度は男性が訪ねてくる。

「あの、鍵を落としてしまったみたいなんですが……」

「はい。どのような鍵ですか?」

 おばあちゃんがニコニコしながら接客している。おじいちゃんは棚から何かを探していた。

 そこで、映像は終わった。

「おじいちゃんとおばあちゃんが、『落とし物預り所』をしていたんだ……」

 わたしは倉庫を見渡してから続ける。

「ここが、『落とし物預り所』だったんだ」

 だから、他人の持ち物がいっぱいあって、持ち主が現われなかった物をまだ保管していたんだ。

 ただの古びた倉庫が、なんだか輝いて見えた。

 でも、落とし物預り所ってなに? 名前の通りの場所って解釈でいいのかなあ。

『落とし物預り所っていうのは、総合案内所の落とし物専用みたいなものよ。だから、落とし物を見つけて返したからといって、持ち主の人にお金をとるわけではないの』

 マレーシアにいる祖母に、『落とし物預り所』のことを電話で聞いてみたら、そんな返事がきた。

 だからといって、ボランティアというわけではない。ちゃんと有栖町から補助金が出るらしいのだ。

 すごい、これは立派な仕事。

 祖母が『落とし物預り所』をやめたのは、ここ数年、能力が弱くなってきたからだそうだ。なるほど、そういうことだったんだ。

 だけど、わたしも祖母と同じ能力が開花したし、これなら、すぐにでも落とし物預り所を再開できるかもしれない。

 そんなふうにワクワクしていたのだけど、大きな問題があった。

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