第13話 ワンダーランドの招かれざる客

 もし、例のアカウントが落とし物をしていれば、わたしがその物の記憶を読み取れる。 

 それが何かの証拠になるかもしれないし、持ち主を特定できるかもしれない……と思ったんだけど。

 何も見つからなかった。

 落とし物だと思っても子どものだったり、お年寄りのものだったり、例のアカウントとは無関係そうなものばかりだった。

「そう都合よくは見つからないか」

 西園寺がため息をつく。

「落とし物してるとは限らないよね」

「そりゃあ、まあそうだが……」

 西園寺はそこまでいうと、じっと何かを見つめる。

 わたしもそちらを見た。

 少し離れたところに、辺りをキョロキョロ見回している女性がいる。どこかで見たような……。

 そこでわたしは、思い出す。

「そうだ! ぴょん太を捨てた人だ!」

 わたしはいつのまにか、走り出していた。

「あっ、ちょっと待て!」

 すぐ後ろで西園寺が止める声が聞こえたけど、わたしはかまわず女性の元へ走る。

 一言いいたかった。文句じゃない。

 ぴょん太はわたしが大事にしてる。

 しかも、ぴょん太は、わたしの命を救ってくれた。

 あんなすてきなぬいぐるみをありがとう。

 そうお礼をいおうと思った。

 だけど、女性はスマホを取り出すと、なにやら電話を始めてしまった。

 さすがに電話中に声をかけることはできない。

「緒代、後先考えずに行動するのは、なんとかならないのか?」

 後をおいかけてきた西園寺が、そう聞いてくる。

 女性はわたしたちに背を向け、電話をしている。

 その声は異様に大きい。

「あそこまでやることないでしょ!」

 どうやら女性は電話相手とケンカをしているようだ。

 聞くつもりがなくても、聞こえてしまう。

「はあ? 炎上するとは思ってなかった? よくいうよ……」

 炎上、という言葉にわたしと西園寺は顔を見合わせる。

「わたしはもともとここが好きだったから、タケシのやり方はどうかと思う」

 女性はそういうと、電話を切った。

 そして、こちらを振り返って首をかしげる。

「あれ、きみたちどこかで……」

 女性はわたしたちを覚えていないようだ。

「お姉さん、さっきの炎上ってどういう意味ですか?」

 わたしが単刀直入に聞くと、「おい」と西園寺に肩をつつかれた。

 お姉さんはハッとして逃げ出した。

 西園寺が、声を出さずに、「バカ」という。

 わたしはお姉さんを引き留めようと、カバンをつかんだ。

 その時、映像が見えた。

 お姉さんと、男性が幸せそうにレストランで食事をしている。

 お姉さんは男性を『タケシ』と、呼んだ。

 わたしは、そこで、お姉さんの背中に叫ぶ。

「お姉さん、男の趣味悪いですね!」

「はあ?!」

 お姉さんが立ち止まって振り返った。

「ワンダーランドを炎上させたアカウントは、タケシ。そのタケシさんは、お姉さんの彼氏でしょう?」

 わたしが一気にいうと、お姉さんは目を丸くする。

「わざと炎上させて、ワンダーランドの評判を落とそうとするってことは」

 西園寺が口を開く。

「そうよ。タケシが、彼氏が、『コヨーテパーク』のスタッフなのよ」

「なるほど。そういうことか」

「なんでそんなにひどいことするんですか?」

「そりゃあ、『コヨーテパーク』だってね、経営が順調ってわけじゃないのよ……。特にリニューアルオープンでだいぶお金もかかったみたいだし」

 お姉さんは、「子どもにはわからないでしょうけど」と付け足す。

「そうだな。おれら小学生にはわからない。なんで、『コヨーテパーク』側の人間のあなたが、ここにいるんだよ」

 西園寺の言葉に、お姉さんはうつむいた。

「ワンダーランドのこと、好きなんですよね?」

 わたしがいうと、お姉さんはうなずく。

「炎上したっていうから心配になって、来てみたの……」

 その声は消えそうなくらいに小さかった。

 それからお姉さんは、ワンダーランド側に事情を話すといってくれた。

 炎上させたタケシという人物とは、既に連絡が取れなくなっていたらしい。


 ネットでのワンダーランドの炎上は、続いている。

 大きなテーマパークならともかく、ワンダーランドのような小さな遊園地にとっては大ダメージ。日に日に観光客が減っていく。

 その光景を見るたびに、わたしの胸も痛んだ。

 やっぱり生まれ故郷の町が寂れていくのを見るのはキツイ。

 それに、最初は他人事だと思っていたけれど、よくよく考えてみればワンダーランドの経営が傾けば、周囲の店の経営も傾く。

 そうなると、お店をたたむところが出てきて、さらに寂しくなってしまう。

 もしも、炎上が収束しても、あちこちの店が閉店しているところに、お客さんが来るだろうか。来たとしても、きっとガッカリして帰ってしまうかも。

 そうなると、有栖町の住人がどんどん引っ越してしまう可能性がある。苺だって……。

 そこまで考えて、わたしは首をぶんぶんと横に振った。

「嫌だ! 苺と離れたくない!」

 わたしはそういうと、ぴょん太を抱っこする。

 大丈夫だよ、とぴょん太がいった気がした。

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