第10話 ぴょん太とお出かけ

 次の日の朝、わたしは、西園寺がなにをいわんとしていたのかを理解した。

 昨日、ぴょん太を捨てた女性は、このぬいぐるみが怖いといっていた。

 西園寺もそこが引っかかっていたらしい。わたしは特に何も気にしなかったけど……。

 ぴょん太は、確かに怖いぬいぐるみだった。

 怖いといっても、顔が豹変するわけでも、人間の言葉をしゃべるわけでもない。

 勝手に移動するのだ。

 昨日は、帰ってすぐに二階のわたしの部屋に置いていたのに、いつのまにかぴょん太は居間にいた。

そのまま居間に座らせていたのだけど、わたしが寝る準備をしてお風呂に入っている間、ぴょん太はわたしの部屋に戻っていたのだ。家族のしわざではないらしい。

 そして今朝になって、棚に置いたはずのぴょん太は、枕元にあってさすがにこれには、思わず声が出てしまった。

 ホラーや怪談でよくある、人形やぬいぐるみがまるで意思があるように動く話をまさか実体験することになるなんて……。確かにちょっと怖いかもしれない。

 だけど、こんなにかわいい顔をして、ふわふわなのに、捨てるなんてかわいそうだ。

 ぴょん太の記憶は、今も前の持ち主と海へ行った時のもの。

 それなのに、持ち主の顔は真っ暗のままだ。

 ぴょん太にとって、前の持ち主との思い出は、とても幸せだったのだろう。

 それと同時に、捨てられたショックによって、前の持ち主の顔を思い出せなくなっているのかもしれない。

 ううん、思い出したくないから、黒くなっているのかも。

 そうだとしたら、ぴょん太はきっと傷ついているのだろう。

 ちょっと自力で移動するだけなのに。

 それよりもわたしは、ぴょん太が元の持ち主との思い出を大事にしながらも、捨てられたことを恨んでいるように感じる。

 わたしがぬいぐるみだったら、ショックなんてもんじゃない。

 ぴょん太の心の傷(ぬいぐるみだけど)を癒すにはどうしたらいいんだろう。

 うーん……と考えところで、ひらめく。

 ぴょん太と、楽しい思い出をたくさん作ってあげればいいんだ!


「これ、大きな大きな苺、じゃないんだよ」 

 わたしは目の前の建物を見て、そう解説をする。

 目の前にあるのは、大きな大きな苺……ではなく、苺の形をした建物だ。

 あれが、和菓子屋『ひめみや』で、苺(ああ、ややこしい)の両親の経営するお店。

 でも、どこからどう見ても巨大な苺が地面に落ちているようにしか見えない。

 メルヘンな有栖町だから浮くどころか、なじんでいるけど、他の観光地にあったら目立ちまくりだろうなあ。

 そんなことを思いつつ、下の方をチラッと見ると、肩かけバッグからはぴょん太が顔を出していた。

 ぴょん太の記憶を上書きするために、お出かけしている。

 とりあえず、ご近所ツアー。散歩ともいう。

 時刻は午前九時で、お店はオープンしたばかりだというのに、お客さんはチラホラいる。

「今日は土曜日だから、苺も忙しいんだろうなあ」 

 わたしがそういって、次の場所へ行こうとすると、 苺が店から慌てて出てきた。

「あれ? 苺、お店は?」

「まだそこまで忙しくないから」

「そっかあ。でも、これからお客さん増えるでしょ」

「うん。そうだけど。萌乃香、何か用があった?」

 そういって首を傾げる苺は、今日も最高にかわいい。

 長い髪の毛を白い後ろでまとめて、えんじの和のユニフォームに白いエプロン姿が似合っている。似合い過ぎている!

「用事ってゆーか、このぴょん太に、あちこち見せて回ってるんだ」

「あっ、本当。ぴょん太だ」

 苺はそういうと、カバンから顔を出すぴょん太に微笑む。

 それから、「かわいいね」と頭を撫でた。いいなあ。

 ぴょん太を羨ましいと思っていると、苺がわたしを見た。

 そして、エプロンのポケットから何かを取り出す。

 袋に入ったいちご大福だ。

「はい。これ。お土産」

「わーい! ありがとう!」

「それじゃあ、またね。夜にスマホにメッセージするからね」

 苺はそういうと、お店に戻っていった。

「ぴょん太、いい思いしたね~。苺に撫でてもらえるなんて~」

 嫉妬心まるだしで、ぴょん太に話しかけながら町を歩く。

 なんだか今日は、いつもより人が少ない気がする。

 土曜日なんだから、いつもだったらこの倍は人がいるはずなんだけど、 なんでだろう?

 理由はよくわからないけど、そういう時もあるのかな。

 切り株の形のベンチに腰掛け、いちご大福を食べる。

 やっぱり、「ひめみや」のいちご大福は美味しい。

 甘酸っぱい苺と上品な甘みのあんこが合うし、大福の餅はとても柔らかい。

 このいちご大福目当てに行列ができるんだけど、並んででも食べたい気持ちはわかる。

 いちご大福を食べ終えると、わたしはあちこちに行った。

 カフェ、レストラン、お土産屋さん、洋菓子屋さん。

 みんなメルヘンでカラフルな建物だけど、まじめ(?)に営業している。

 わたしは洋菓子屋を通り過ぎながら、ぴょん太にいう。

「この洋菓子屋さんはね、有栖町で唯一の洋菓子屋さんで、すっごく美味しいんだけど」

 わたしは辺りをキョロキョロと見回してから、声のトーンを落としていう。

「苺パパの弟さんが経営してて、パティシエもやってるんだって。でも、ふたりすごく仲悪いって、苺から聞いたんだ」

 だから苺は、叔父が経営する洋菓子屋ではなく、あえてワンダーランドでわたしのケーキを作ってくれたんだろう。大人の事情に、子どもを巻き込まないでほしい。

「ちょっと休憩しよっか」

 わたしはそういうと、葉っぱの形のベンチに座った。

 ぴょん太の入ったバッグを膝の上に乗せ、さきほど買った缶ジュースを飲む。

 まだぴょん太の記憶は、顔が黒いままの元の持ち主との思い出だ。

 もちろん、たった一日で何かが変わるとは思えない。

 だから、これからぴょん太といっしょに思い出をつくっていくのが一番だ。

 そんなことを考えてジュースをの飲んでいたせいで、ちょっとこぼれた。

「よかったー。ぴょん太が汚れなくてー」

 セーフ。でも、手がべたべたしてる。

 すぐそこに水道があるので、そこで手を洗おうとと思ってわたしは立ち上がる。

 このカバンの中身は、もうおこづかいがほとんど入ってない財布と、ぴょん太とハンカチのみ。

 水道はすぐそばだから、ベンチに置いたままで誰かが取ることもないか。

「ちょっと待っててね」

 わたしはぴょん太にそういうと、急いで手を洗いに行った。

「ぴょん太、おまたせー」

 ベンチに戻ると、ぴょん太の姿はなかった。

 誰かに取られた? そう思ったけど、カバンの中身は無事だ。

 だけど、ぴょん太だけが見つからない。

 ぴょん太がかわいいから、だれかが持って行った?

 辺りをキョロキョロしても、ぴょん太を抱っこしている人はいない。

「どこにいっちゃったんだろう……」

 ぬいぐるみだから自力で移動できるはずが……ぴょん太はできたな。

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