第9話 捨てられたぬいぐるみ

 今日も今日とて、有栖町には観光客が多い。

 土曜日の午前中だということもあるけど、基本的に有栖町――この県自体が、都会からわりと近いから年中、観光客が来るっていうのもある。

 苺は朝からお店の手伝いだし、それを知ってか知らずか西園寺に声をかけられた。つまり、絶賛兄探し中だ。

 苺のサプライズから一週間が経った。

 西園寺のお兄さんの足取りはわからない。

「お兄さん、スマホの電源切ってるんなら、見つけてほしくないんだよ」

 わたしがいうと、西園寺は答える。

「それは、おれが困る」

「まあ、お兄さんが見つからないとわたしも困るんだけどね」

 ふと、ベンチに視線をやる。

 そこには、うさぎのぬいぐるみがちんまりと座っていた。

 水色のボディに白いリボン。

 あれは、ワンダーランドのキャラクターのぴょん太だ。

 ぴょん太のぬいぐるみは、わりと人気があると白鳥さんが自慢してたっけ。確かに、かわいいと思う。

「だれかの忘れ物かな」

 わたしはそういって、ぬいぐるみを手にとった。

 その途端に、頭の中に映像が流れてくる。

 いっしょに海へ出かけている。持ち主の顔も映っている。

 ……でも、その顔は真っ黒だった。

 ぴょん太を手にとったまま、黙り込んだわたしに西園寺が聞いてくる。

「なんだ? どうかしたのか?」

「顔が……持ち主の顔が真っ黒だった。塗りつぶされてるみたいな、変な映像」

「じゃあ、持ち主の顔は見えたけど、わからない、と」

「うん。若い女性としか……」 

「なるほど」

 西園寺はそれだけいうと、辺りをキョロキョロする。

 それから、少し離れたところに視線を向けて口を開く。

「持ち主、あの人じゃないのか?」

 西園寺の視線の先を見ると、若い女性がこちらを見ていた。

 すると、わたしたちが見ていることに気づいて、慌てて逃げ出す。

「映像と服が同じ! あの人だ!」

 わたしと西園寺は走って女性を追いかけた。

 女性は、あっさりと捕まった。

 わたしも西園寺も、わりと足は速いほうだ。   

 ぴょん太を差し出すと、女性は頭をぶんぶんと左右に振った。

「わたしのじゃない」

「さっき、あのベンチにこのぬいぐるみを置いたのを、おれたち見ましたよ」

 西園寺が平然とうそをつく。

 女性はうつむいて、それからいう。

「もういらない。そのぬいぐるみ、怖いし」

 それだけいうと、女性は走って逃げて行った。

「なにあれ、ひどーい!」 

 わたしは小さくなっていく女性の背中を見ながらつぶやく。

 西園寺がため息をつく。

「心変わりならしょーがないだろ」

「心変わりって?」

「あの人の持ってたカバンのキーホルダー、『コヨーテパーク』のキャラクターだった」

「よくそんな細かいところまで見てるよね……」

「行動が怪しい人だったから見てただけだ」

「コヨーテパークって、最近リニューアルしたって遊園地だよね」

 わたしはそういって、ワンダーランドのほうをみる。

 コヨーテパークは、ワンダーランドよりもだいぶ大きなテーマパークで、今年の夏に大規模リニューアルをしたらしい。

 わたしは、ぴょん太をギュっと抱きしめながらいう。

「じゃあ、さっきの人はコヨーテパークが好きになったから、ぴょん太を捨てたってこと?」

「それもあると思うけど、怖いとかいってなかったか」

「どこが怖いのよ。ぴょん太には何の罪もない」

 わたしはそういうと、ぴょん太に向かっていう。

「今日からきみは、わたしの友だちだよ」

 西園寺がなにかいいたそうにこっちを見ている。

 無視、無視。

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