第7話 深夜営業の真相

 裏口から旅館へ入り、階段で三階へ。

 外観はメルヘンだけど、さすがは老舗旅館。

 築百年越えであろう木造の廊下は、掃除や手入れが行き届いているし、使われている柱も立派だ。築七十年越えの我が家のボロさとは大違い。

 子どもの頃に、西園寺と遊んだ時に旅館の中にも入ったことはあるけど、その時は何も思わなかった。今見ると我が家との格の違いを感じてしまう。

 あーあ、今日は何を考えてもネガティブになるなあ。

 西園寺は、廊下の突き当りで足を止め、それから何かを取り出す。

「これ、見てみろよ」

 そういって西園寺が見せてきたのは、スマホの画面。

 画面には一枚の写真が写し出されていた。

 そこには、夜の闇に浮かぶ火の玉のようなものが見える。

 よくよく見てみると、それはワンダーランドだった。夜のワンダーランドに、一か所だけ灯りがともっている場所があるのだ。

「これって……」

 わたしが顔をあげると、西園寺がうなずいた。

「昨日の午後十一時に、ここで撮った写真」

 西園寺の言葉に、わたしは廊下の窓を見た。

 窓の外には、手前に有栖町の景色と、それからワンダーランドも見える。

「ここから、ワンダーランドがよく見えるんだな。知らなかった」

 西園寺はそういうと、窓の外に視線を向けた。

「じゃあ、ワンダーランドは本当に深夜営業してるの? それとも、ここだけ灯りがついてるってことは、仕事してる人がいるの」

「調べたら、灯りがついている場所フードコートだ」

「それじゃあ、灯りの消し忘れとか?」

 わたしが首を傾げていると、西園寺がいう。

「おれの推測だが」

 そう前置きして、わたしを見る。

「閉店後にフードコートの灯りがついてるってことは、そこで誰かが調理をしてるってことだろ」

「まあ、そういうことかもね」

「で、一昨日、深夜にワンダーランドの前に落ちてたイチゴのヘアピン」

「うん。苺のだった……」

「おれ、昨日、母親に買い物を頼まれてな。スーパーに行ったら、こそこそしてる姫宮がいた」

「えっ? 苺が?」

「なんだか怪しいから見たら、姫宮の買い物カゴの中には、薄力粉やら生クリームが入ってんだ」

「別になにも怪しくないけど……」

「ピンとこないか?」

 西園寺はそういうと、無表情のままでわたしを見る。

「お店の買い物じゃないの?」

「それなら、こそこそする必要はないよな」

「西園寺には、こそこそして見えただけかもしれないし」

 その時、わたしのスマホからメッセージを知らせる音がした。

 差出人は、苺だった。

【急にごめんね。今から会えないかな? ってゆーか萌乃香の家の前にいるの】

 そのメッセージを見て、わたしは驚いた。

「苺が家に来たみたい」

「そうか。行ってやれよ」

 西園寺の言葉に、わたしは「うん」といって歩き出す。

 すると、背中のほうで声が聞こえた。

「そういや、誕生日おめでとう」

「ありがとう」

 一週間遅れだけど。

「一週間遅れで悪かったな」

 西園寺の言葉に、わたしは思わず突っ込む。

「だからエスパーかよ!」

 笑うわたしに、西園寺は不思議そうに首を傾げた。

 家に戻ると、苺は居間に通されていた。

「勝手に上がっちゃって、ごめんね」

 部屋の隅でちょこんと座る苺に続いて、母がいう。

「いいのよぉ。この暑い中、外で待ってることないんだから」

 別に謝ることないじゃん。

 わたしはそう思いながらも、ちゃぶ台を隔てた苺の向かいに座る。

 母は、「買い物行ってくるからお留守番お願いね」と家を出ていった。

 静かになった居間で、苺がおもむろに白い箱を置く。まるでケーキの箱みたいだ。

「これ、一週間、遅れ、なんだけど」

「えっ?」

「あ! ちがうの! 作ったのは、昨夜なの。だから賞味期限は大丈夫」

 苺はそういうと、箱のふたを取る。

 出てきたのは、ロールケーキだった。一切れではなく、まるまる一本。

「え、これ、まさか、苺が作ったの?」

「うん。そうなの。萌乃香のために張り切ったんだよ」

「そっかぁ。わたしのために……。え、わたしのため?」

「本当は、誕生日に間に合わせたかったんだけど、なかなか納得できる生地ができなくて」

「最近、お店の手伝いが多かったのは、このロールケーキを作ってくれてたからかあ」

 わたしがそう納得したところで、苺が頭を左右に振った。

「ううん、ちがうの。家では作ってないの」

「そうなの? じゃあ、どこで作ってたの?」

 わたしが聞くと、苺は少しだけ考えてから答える。

「ワンダーランド」

「えっ……」

 わたしはそこでハッとする。

 そうだ、西園寺が見せてくれたスマホの写真。

 閉園後のワンダーランドのフードコートにだけ、灯りがついてたって。

「ワンダーランドのフードコートを使ってたこと?」

「そう。フードコートにいるシェフの人で、元パティシエの人がいるの。その人に教わってたんだ」

「教わってたってすごいね」

「すごくないよ。たまたま白鳥さんのお父さんがうちの和菓子が好きだから、白鳥さんの家に大福を届けた時にね。萌乃香の誕生日ケーキを作りたいって話をしたら、タダで使わせてあげるわよ、って」

「そういうことだったんだ。でも、なんで自分の家で作らないの?」

「お父さんが、洋菓子があんまり好きじゃないから」

「えっ? そういう理由?」

「うん。だから、家だと作りにくくて……だから、こっそり夜に家を抜け出してワンダーランドに行ってたんだ」

 じゃあ、むしろ白鳥さんは協力してくれてる側だったんだ。

 わたしはてっきり、苺と白鳥さんが知らない間に仲良くなってるとばっかり。

 ああ、わたしはなんて自己中なの!

「ごめん、苺! 今日、わたし、苺のこと責めちゃって」

「ううん。わたしのほうこそ、ごめんね。サプライズにしたくて黙ってたんだ」

 苺はそこまでいい終えると、「サプライズって難しいね」と笑う。

「サプライズ、大成功だよ。ありがとう」

 わたしはそういって笑った。

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