第5話 深夜のワンダーランドへ

 そのあと、西園寺と色々な生徒たちにワンダーランドのうわさのことを聞いてみた。

 だけど、有力な情報は得られなかった。

 ただ、「ワンダーランドが夜中にもやっている」とか、「おばけをみた」という噂はあるらしい。

 そうこうしているうちに、校舎に残っている生徒もどんどん少なくなっていき、さすがに今日のところは解散しよう、となった。

「こうなったら、夜中にワンダーランドに行ってみるしかないかなあ」

 スニーカーに履き替えながらわたしがいうと、西園寺の動きがぴたりと止まる。

「そこまでする必要はない」

「だって、この件にお兄さんが関わってるのかもしれないんでしょ?」

「そうだけど……」

 西園寺がもごもごとしゃべる。いつもの圧がない。

 どうしたんだろう? と考えてみる。

 そういえば、西園寺は子供の頃からオバケが怖かったっけ。

 わたしは試しにこう聞いてみる。

「まさか。夜中になるとオバケが出るとでも思ってる?」

「んなわけあるか!」

 西園寺が怒ったようにいった。

「ムキなっちゃって。怖いなら怖いっていいなよ」

「べつに怖くない」

「二年生の遠足で遊園地に行った時、オバケ屋敷が怖くて入った瞬間に出てきたの誰だったかなあ」

「そんな大昔の話を持ち出すな!」

「っていっても、四年前だけど」

「十分に昔だ」

 西園寺はそれだけいうと、こう続けた。

「よし。そこまでいうならわかった」

「えっ? なにが?」

「今夜、ワンダーランドに行くぞ」

「まさか、わたしも?」

「当たり前だろ」

「わたし、夜中に家を抜け出すとかできないんだけどなー」

「うそつけ。小三の大晦日に家をひとりで抜け出して、除夜の鐘つきにいこうって誘ってきたのはだれだ」

「そんなこともあったね~」

 わたしが、懐かしい思い出に浸っていると。

「というわけで、明日の二時。ワンダーランドの門の前に集合な」

 西園寺がそういって、すたすたと歩き出す。

 それからぴたりと足を止めて、こう付け足す。

「どうしても抜け出せそうもないなら、スマホにメッセージしてくれ」

「え、わたし、西園寺のIDとか知らないよ」

「上着のポケットを見ればわかる」

 西園寺はそういって、今度こそ校舎を出て行った。

 わたしは、上着のポケットに手を入れる。そこにはノートを破いたような紙が一枚出てきた。

 書かれてあったのは、スマホのメッセージのIDと西園寺航貴という名前。

「こわっ! いつのまに?!」

 実は西園寺も、何かしらの超能力をつかえるんじゃないだろうか……。


 家に帰ると、母におつかいを頼まれた。呉服屋のおばさんに、いちじくを届けるのだ。

 この時期は、親せきから大量にいちじくが届く。

 母と呉服屋のおばさんは昔から仲が良く、こういうお届け物はよくある。家から呉服屋のお店も目と鼻の先にあるから、すぐそこだし。

「じゃあ、お母さんによろしくね」

 わたしは、「はーい」と手を振って、呉服屋を後にした。

 いちじくを届けたら大福とお茶をごちそうになってしまい、一時間近くも、呉服屋のおばさんと世間話をしてしまったのだ。

 今日……というか、明日は夜中に家を抜け出して、ワンダーランドの調査という大事なミッションもある。それなのに、ほのぼのとお茶をしている場合じゃない。

 急いで帰らないと! 小走りで駆け出したその瞬間。

 誰かと軽くぶつかった。

「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

 そういって相手を見ると。

「……大丈夫です」

 相手はそれだけいうと、逃げるように大通りに消えた。

 この暑いのに、長袖にパーカーにフードをすっぽりかぶっていたので顔は見えない。

 だけど、小柄が女の子だということはわかった。 

声は、苺に似ていたような……でも、この時間は店の手伝いのはずだよね。気のせいか。

 わたしはそうつぶやいて、家へと急いだ。


 深夜一時四十分に、わたしはこっそりと自室を抜け出した。

この家を抜け出すのは、簡単だ。

 だって、両親は眠りが深くて一度眠ると起きない。多少の物音では、目を覚まさないのだ。つまり、堂々と玄関から出ていける。

 それで今の今まで泥棒が入ったことがないのだから、有栖町は平和なんだなあと思う。

 そして、わたしも人生で二度目の夜中の抜け出し。案外、わたしって、いい子でいたんだなあ。

 そんなこんなで、家から抜け出し成功。

「よお。時間通りだな」

 家の前には西園寺が立っていた。

 西園寺に、『四十分には家を出るよ』とメッセージを送ったら、『家まで迎えに行く』と返事が来た。

「別に迎えとかいいって」

「夜中に女子をひとりで歩かせるわけにはいかないだろ」

 そういって、西園寺は歩き出す。

「変なところで紳士だよね……」

 わたしはそうつぶやいて、西園寺の後ろを歩き出す。

 夜中の有栖町は、しんと静まり返っていた。

 灯りのついている家や店はもちろんなく、街灯がティーポットを模した形のポストを不気味に照らしている。白い塀に描かれたアリスのシルエットもなんだか、不気味。ホラー作品や怪談話は、好きだけど、それでも怖いものは怖い。

「ねぇ、なんか怖くない?」

 わたしがそう聞いても、西園寺はなにも答えない。

「ちょっと、なんか話してよ」

「声が響くから大人しく歩いてろ」

 そういった西園寺の声は、震えているようだった。ホラーが苦手な西園寺のほうがよけいに怖いよね。

 そう思ったら、なんだか気持ちが少しだけ落ち着いてきた。

 ワンダーランドの門の前に着くと、もちろん中は真っ暗だ。

 門の鍵も閉まっていて、ビクともしない。

「まあ、やってるわけがないよね」

「……無駄足だったか」

 西園寺がそういって、来た道を戻る。

 わたしもそのあとに続こうとしてふと、足を止める。

 地面にきらりと光るものが落ちていた。

 それを拾いあげると、ヘアピンだった。

「これ……」と、わたしはヘアピンをよくよく見てみる。

 これ、苺のヘアピンだ。

 わたしはヘアピンを握ってみる。

 途端に頭の中に映像が流れ込んできた。

 わたしがアイスクリームを食べて笑っているところだ。これは、夏休みに近所のショッピングモールで買い物をして、休憩がてらアイスを食べた時だと思う。

 やっぱり苺のヘアピンだ。だけど、なんでこんなところに。

 最近、苺はワンダーランドに来たのかな。

「おい、置いてくぞ」

 西園寺はそういって、さっさと歩きだしていた。

「別に先に帰ってもいいってば」

「だーかーら! 女子をひとりにできないんだよ」

 西園寺はそういうと、わたしの腕をつかんで、それから引っ張るように歩き出す。

 紳士というか、過保護なお父さんみたい……。

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