第4話 ボス、登場

「ごめんね。今日はお店の手伝いがあるの。本当にごめんね」と苺が、何度も謝ってくる。

 お昼休みに今日、放課後にいっしょに遊ぼう、と提案したらそういわれたのだ。

「いいのいいの! お店のお手伝いが優先だよ。わたしと遊ぶことはいつでもできるからいいよ」

 わたしが笑っていうと、苺はホッとしたような表情をする。

 あーあ、西園寺に弱みを握られて兄探しの手伝いをやらされて、昨日から嫌なことばっかりだ。

 それを癒せるのは苺だけだと思ってたけど、お店があるならしかたがない。暇を持て余しているわたしとちがう。

 このクラス……いや、この学校の生徒たちは、放課後は忙しい子が多い。

 そもそも、わたしの家が異質なのだ。

 だって、うちのクラスは、みんな何かしらの店を親が経営している。

 カフェとか、レストランとか、和菓子屋とか。苺も、老舗和菓子屋の『ひめみや』の娘だし。西園寺は老舗旅館『西園寺旅館』の息子。

 中でもクラスのボス的存在が、ワンダーランドの経営者の娘である白鳥しらとりさんだ。

 有栖町は十年前は閑古鳥が鳴くほどの寂しい温泉街だった。

 だけど、今から八年ほど前に、白鳥さんのお父さんが有栖町のそばのゴルフ場を買い取り、ワンダーランドにした。 

 あまり広い遊園地ではないのだけど、不思議のアリスの世界観が忠実に再現されている。

 うわさがうわさを呼び、ワンダーランドはままたくまに大繁盛。

 商店街をワンダーランドに寄せれば、温泉街も活気が戻るといったのは、白鳥さんのお父さんらしい。

 そうして、今の有栖町があるのだ……と、お父さんから聞いた。

 だから、町の人は白鳥さんのお父さんに、わたしたちは白鳥さんに、だれも逆らえない。

 そして店を経営していない――つまり、温泉街に何の貢献もしていない緒代家は、肩身が狭い。

 誰かにいじめられれているわけじゃない。だけど、白鳥さんには嫌われていると思う。まあ、しかたのないことなんだけど。

「はぁ? ワンダーランドが夜中に営業してる?」

 クラスメイトの声が聞こえてきた。

「そうなんだよ。おれ見たんだよ。夜中の二時にメリーゴーランドの音が聞こえたんだ」

 もうひとりのクラスメイトがそういった。

「ワンダーランドは午後八時までだろ? 二時にメリーゴーランドが動いてるわけないだろ」

「そうよ! 動いてるはずがないわ!」

 そういって強引に話に入ってきたのは、白鳥さんだった。

 彼女が白鳥桜子しらとりさくらこ

 今日も今日とて、ツインテールの髪をゆらし、えらそうな表情で腰に手を当てている。

 セーラー服は彼女のだけ、光って見えた。

 ちなみに男女ともに指定の制服があるが、ここは公立の小学校だ。毎日、私服を選ぶ必要がないのはいい。

「せーったいに、やってない!」

 白鳥さんが、大きな声でそういった。

 途端に、ふたりのクラスメイトが黙り込む。

「夜中までワンダーランドがやっていたら、電気代が大変なことになるわ!」

 そんな声が教室中に響いた。

 白鳥さんは、注目を浴びていることを気にしてない様子。

「ふん! 変なうわさを流さないでちょうだい!」

 それだけいうと、白鳥さんは教室を出て行った。

 だれかがぽつりという。

「さすが、ドリルさま」「だなー、ドリルさまの圧すごいわ」

 ドリルさま、というのは白鳥さんのあだ名だ。主に男子がいっている。

 ツインテールがドリルに見えるから、らしい。まあ、確かに。

 そして、白鳥さんがいうように、ワンダーランドは夜中に営業しているわけがない。

 深夜営業の話は、聞いたことがないから。

「それって点検とかじゃないのかなあ」

 わたしが独り言のようにいうと、苺が口を開いた。

「だけど夜中に点検はしないんじゃないかな」

「それもそうか」

「案外、夜中にワンダーランドが勝手に動いてるのかもね」

 苺の言葉に、「えっ?」とわたしは聞き返す。

「なーんてね、冗談だよ」

 苺はそういってにっこり笑った。

 放課後には苺は、「じゃあ、買い物してから帰るからお先に」とニコニコしながら教室を出て行った。あーあ、つまんない。

 ひとりでとぼとぼ帰るか、と思って教室を出たその時。

「ちょっと来てくれ」

 西園寺が、廊下でわたしを待っていた。

 それから、わたしを廊下の隅に連れ出した西園寺は、声のトーンを落としてわたしにいう。

「ちょっと調べたいことがある」

「えー、わたし用事あるんだけど」

「姫宮はさっき帰っただろ」

「別の用事があるの」

「じゃあ、なんで昼休みに姫宮を遊びに誘っていたんだ? 暇だからだろ?」

「うわっ盗み聞きしてたんだ……」

「ちがう。緒代の声は響くんだ。そしてデカい。だから嫌でも聞こえてくる」

 わたしは、ため息をついて西園寺に聞く。

「調べたいことってなに?」

「昼休みに聞いたろ。『ワンダーランドのメリーゴーランドが深夜に動いてた』って」

「ああ……。でもそれは白鳥さんが否定してたじゃない」

「そうだけど、二組の奴らも、五年生も似たようなこといってる生徒がいた」

「じゃあ、深夜営業してるんじゃないの?」

「そういう情報はないな。その手の話は、西園寺旅館に真っ先に入ってくる」

「そうですか……」

「それなのに、おれが知らない。おれの両親も知らない」

「だから?」

「うわさを意図的に流してる人物がいるってことだ」

「意図的に? なんで?」

「それを調べるんだよ」

 西園寺がそういったので、わたしはランドセルを背負い直す。

「そっか。じゃあ、ひとりで調べればいいよ」

「いやいや。そこは緒代の能力があったほうがいいだろ?」

「でも、わたしはお兄さんを探す手伝いはするけど、西園寺の興味本位の調べものの手伝いはしないよ」

「兄貴、この手の話が好きそうなんだよ」

「じゃあ、うわさをたどれば、お兄さんが関わっている可能性があるってこと?」

「もしかしたら、な」

 わたしはそういって考える。

 西園寺のお兄さんが見つかれば、わたしはこいつから解放されるんだよね。じゃあ、さっさとお兄さんを探そう。

「わかった。ワンダーランドが夜中にやってるってうわさの真相を調べよう」

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