第3話 癒しの苺
まんまと西園寺に乗せられた……。
わたしはとぼとぼと家に帰った。
大通りに面した緒代家も、他の店や家と同じようにオシャレな家だ。
レモン色の壁にオレンジ色の屋根。
外観だけなら、新築ですてきな家に見える。
でも、それは見た目だけの話。
中身は築七十年越えの古い家だし、庭にある離れの家も、外観はレンガ風作りでオシャレに見えるけど。
この離れの家なんか、母屋よりも古そう。中身はボロボロだ。
別に古民家カフェを経営しているわけじゃない。
普通の、ただの古いだけの民家だ。
そんな家を見て、また気分が落ち込む。
新築に住みたいというわがままはいわない。
だけど、心穏やかに暮らしたい。
それなのに変な能力に目覚めて。
おまけに落とし物を届けただけなのに、会話を録音されて脅されるなんて。
しかも、西園寺のお兄さん探しの手伝いをさせられるなんて。
「あー、もう!」
わたしは大きな声でいうと、自室に寝転んだ。
聞いた話によれば、西園寺のお兄さんは、大学を卒業したあと、「旅に出る」とかいって出て行ったらしい。
旅先から定期的にポストカードが届くから、生きてはいるそうだけど。
それなら、西園寺がお兄さんの心配をする必要はなさそうだけどなあ。
だって無事ならいいじゃない。
ただの旅行なんじゃないのかなあ。
次の日の朝。
昇降口で、スニーカーから上履きにはきかえている西園寺に聞いてみた。
今、お兄さんは海外なら、わたしたちが探すのは無理なのでは、と。
旅行してるなら邪魔しないほうがいいのでは? と。
すると、西園寺はさらっとそう答えたのだ。
「今、日本にいるらしいんだよ」
「お兄さんがそういってきたの?」
「いや、数日前にヨ―チューバ―の動画に出てた」
「は? なんでまた」
「ゲストとして招かれたらしい。ちなみにそのヨ―チューバは日本在住だ」
「なんて人?」
「ノロ・ノロイっていう怪談系ヨ―チューバ―だ」
「えっ?! まじで! すごい! ノロ・ノロイさんの動画、たまに観てるよ!」
「緒代は、ホラーとか怪談とか平気だったか」
「うん。わりと好き」
わたしが笑顔でいうと、西園寺がまるで変なものを見るような目をする。
失礼な!
わたしは怒りにまかせていう。
「じゃあ、連絡とればいいじゃん。それで解決」
「兄貴、スマホの電源切ってるっぽい」
「なんで? 電池切れ?」
「どうせ居場所を知られたくないんだろ」
西園寺はそれだけいうと、歩き出す。
「昔から自由奔放な兄貴だったからな」
そういい終えるが早いか、階段を上がっていった。
海外にいるとか、居場所がまったくわからないなら、探す手がかりがない。
だから、「無理だよ」って提案しようと思ったのに……。
日本にいるんだ……。
それなら放っておけば近いうちに帰ってきそうだけど。
スマホの電源を切ってるってことは、探されたくないのかなあ。
それでも西園寺は、お兄さんを見つけたいらしい。
ってことは、西園寺(兄)探しを手伝わなきゃダメかあ。面倒くさいな。
よりによって西園寺の手伝いをするのが嫌だ。
西園寺は高学年になってから、常に無表情で、クラスの女子に、「イケメンなのになんか怖い」とかいわれてる。
もともとクールなタイプだったけど、余計にそれがひどくなったのだ。
何を考えているのかわからない冷たい目は、気軽に話しかけるなといっているようで。
できれば関わりたくない。
でも、弱みを握られちゃってるしなあ。
わたしは、はあと大きな大きなため息をついた。
重い足取りで六年一組の教室にたどり着く。
「おはよう、萌乃香」
そういって、うれしそうに声をかけてくれたのは、姫宮苺。
動くフランス人形。
気さくな天使。
周囲がそんな呼び方をするほどに、苺はかわいい。
かわいいしきれいだ。非現実的なほどに。
指定のセーラー服も、苺が着ると絵画のように美しい。
そんな苺が、笑顔で挨拶をしてくれたので、途端に機嫌が直った。
西園寺の手伝いをしなきゃいけないことなんて、どこかへ吹き飛ぶ。
「苺、おはよう~。今日も天使みたいにかわいい。いや、天使より上!」
「やだなあもう、うちのパ――じゃない、お父さんみたいなこといわないでよ」
クスクスと笑う苺を見て思う。
苺パパとは、気が合いそうだな。
そんなふうに今日も、苺の顔を眺めていた時。
異変に気付いた。
あれ、苺……。
目の下にくまがある。
「苺、最近ちゃんと寝てる?」
わたしがそう聞くと、彼女は慌てた様子でいう。
「えっ? 寝てるよ?」
そういってにっこり笑った。
「でも、なんかこう、寝不足っぽい」
わたしがそう言葉をにごすのは、乙女の目の下にくまがある、なんていうのは失礼な気がするからだ。
しかも、ここは教室だし。
苺は、わたしのいわんとすることに気づいたらしい。
ハッとして、目の下を手で隠しながらいう。
「うん、本当に大丈夫だから」
そういった苺の表情は、大丈夫ではなさそうだ。
深く追求する前に、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。
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