第4話

「無防備だね、君は」

 耳に吐息がかかり、ゾッと背筋に寒気が走った。

 エルが肩ごしに妖をにらみつけるけど、当の本人はどこ吹く風だ。

「ただの妖倒士だったら見逃してもいいとこなんだけどさ。指名手配されて、地位もかけられてるんだよねぇ、エルサマ?」

 ⋯⋯指名手配? 地位をかける?

 なんだ、それ。エルのやつ、何か悪いことでもしたのか⋯⋯?

 妖の目が、白く光る。

 エルも金色に光らせようとするけど、妖力切れだ。

 弱々しく点滅して、消えた。

「うっ⋯⋯!」

「エルサマは無理かぁ。今の僕なら、操れると思ったんだけど」

 じゃあ、と妖が俺をのぞきこんでくる。

「ケケケッ。簡単にかかったぁ。二つの魔術の行使は難しいもんねぇ」

「コ、ア⋯⋯!」

 見てるはずなのに、聞いてるはずなのに、俺だけ水の中にいるみたいに、はっきりと感じとれない。

 頭にも霧がかかっているみたいに真っ白で、何も考えられない。

 エルが必死に口を動かしている気がするけど⋯⋯何言ってるか、全く分からない。

 しゃべったら、ダメだろ。傷、やっと少し治ってきたところなんだから。

「あれ。なんで魔術を使い続けてんの? ほら、やめろ。おい、やめろって!」

 何か命令されている気がするけど、従う気になれない。

 従ったら、後悔する気がしたんだ。

「おかしいな。術はかかってると思うんだけど⋯⋯」

「コア⋯⋯?」

 バンッともみあうような音がして、俺は沼の底から意識を引っ張りあげられた。

「LEVEL4、分解ディサセンブル

 妖に馬のりになったエルが、瞳を金色に光らせる。

 妖の胸に食いこんだ指から妖力が流れ、妖の全身をザァッと滑った。

「ぐぅっ、ああぁあぁあああ!」

 苦しくても暴れられない妖を、エルは冷たく見下ろしている。

 エルは、妖力や魔力のあるものを自由に操ることができるんだ。

 一定以上離れていたり、妖力や魔力が多かったりすると、無条件でっていうわけにはいかないけど。

 パァッと一面が白く染められ、俺は目を腕でかばう。

「コア、コア。とどめ、さして」

 トントン、と肩をたたかれ、腕を下げる。

 グッタリと頭を横にした妖の顔は、青ざめている。

 人食いの妖。

 人間を襲う理由、聞けなかったな。それどころじゃなかったけど。

 エルが妖のあごを、クイ、と上げる。

 俺はいつものように、人さし指に魔力を集めて歯車みたいな形にし、腕を振り下ろして一息に首を切断する。

 ピシャッとはね散る血を服で受け、妖の体に触れて魔力を流す。

 すると、とび散った血も妖の体も、洗濯機に回されるみたいに回転し、手のひらサイズの白い水晶になった。

「終わったぁっ」

 後ろにひっくり返ったエルは、眠たそうに腕で目をおおった。

 カーテンのすき間からもれ出す光は、白い。

 もう朝か。今回は長かったな⋯⋯。

 俺は腰のポーチに水晶を入れると、四つんばいでエルに近づき、そっと首に手を当てた。

 傷跡一つない、真っ白な肌。

 ⋯⋯俺、こんなにキレイに治癒できたか?

「コアってば、急に妖力を送ってくるから、ビックリしちゃった。前から器用だとは思ってたけど、ここまでくると、修行次第では最強だなぁ」

「妖力? 俺は人間だから、魔力しか持ってないぞ。妖力なんて、使ったことない」

「え? でも、たしかに妖力だったよ? コアにもらった妖力で傷を回復したんだから」

 エルが、手で床をおして体を起こし、瞳を光らせてみせる。

 ⋯⋯本当だ。ほぼ空っぽだったはずなのに、エルはちゃんと妖力を回復しつつある。

「コアは、理由は分からないけど、魔力も妖力も使える。僕の出番、なくなっちゃうかもしれないねぇ」

「いやいや、マズいだろ。それって俺、人間でも妖でもないってことだろ? 今後、どうすればいいんだよ⋯⋯」

 人間じゃないから、妖倒士としていられない。

 妖じゃないから、妖からしても敵ってことになる。

 俺、もしかして居場所がないんじゃ⋯⋯。

 そう考えていると、エルは馬鹿にするように鼻で笑い、キリリと真面目な顔を作った。

「コアのいるところが僕の居場所なんだから、コア自身が居場所なんだよ」

「それじゃあ不安すぎるだろ⋯⋯」

「バレなかったらいいんだよ。知らなければ、ないも同然でしょ? 堂々としてていいんだよ」

「いいわけないだろ」

 ⋯⋯でも、エルだけは、人間も妖も敵になったとき、俺のそばにいてくれそうだな。

 今は、その安心感だけで十分だ。

 フイッとそっぽを向いて、ありがと、と口を動かす。

 小さく吹き出す声が聞こえてエルを見ると、口をおさえて肩を揺らしていた。

「エルっなんで笑うんだよっ」

「ごめっ、コアってば、素直じゃないんだから⋯⋯!」

「何してるんですか」

 冷たく響いた声に、じゃれあっていた俺らはピタッと動きを止める。

 リビングの入り口で、大人びた雰囲気の女の子が、俺らを警戒の目つきで見ていた。

「⋯⋯もしかして、この家に住んでる、お姉さんですか? 勝手にお邪魔してすみません。この村の人食い事件を調査しにきてまして、弟さんに話をうかがっていたのです。もう帰りますので⋯⋯」

「のあ?」

 エルにペッと放り出された俺が、ポツリとつぶやく。

 エルは驚いたように目を見開いて俺を振り返り、少女は不審者を見るような目で、一歩足を引いた。

 ⋯⋯のあ? ノアって、誰だ。

 あの少女とは、話したことはおろか、会ったことすらないはずだ。

 一つに結んだ金髪の長い髪。

 真っ白な羽根を背にたたんでいて、耳はピンととがっている。

 ときどき金色の小鳥になったりして、妖だったのかもしれない、なんて⋯⋯。

 ⋯⋯違う。目の前の子はその子じゃない。俺の知っている子じゃない。

 髪は黒色だし、羽根もなければ、耳もとがっていない。

 雰囲気だって、似ていない。

 だけど、ずっと探していたものが見つかったみたいに、心の底がうずく。

 心臓が耳元で鳴っているみたいにうるさい。

 息を吸うばっかりで、吐けない。呼吸が苦しい。

 俺と少女を交互に見ていたエルが、ハッと息をのんで俺をおぶった。

「じゃあ、僕たちはこれで。失礼しましたー!」

 エルが窓を開け、外にとび出す。

 頬をなでる風が、ほてった体を冷やす。

 気持ちいいな⋯⋯って、空をとんでるのか!?

「コア。一旦落ちついて、家まで寝てるといいよ」

 エルが首を回し、俺と目を合わせる。

 金色に光った瞳に、泣きそうな表情の俺が映った。

 一瞬にして沼に引っ張りこまれた俺は、フッと落下する感覚と同時に、意識を失った。


「あ。おはよー、コア」

 ボヤけた視界が、先の見えない暗闇に染まっている。

 いつものくせで布団を首まで引っ張ったところで、俺はバッととび起きた。

 パチッとボタンをおす軽い音がして、左に顔を向ける。

 パッと白く照らされた部屋で、エルは腰をひねって俺に手を振った。

「⋯⋯エル、ゲームしてたのか」

「うん。あの人食い妖のデータ集めもかねてね」

 そう言ってニッコリと笑みを深めたエルは、テレビの枠の下にはめてある、白い水晶をポンポンとたたいた。

 ⋯⋯あのとき不意をつかれたときの、うさ晴らしじゃないか?

 画面内の人型の妖が、端っこでぷるぷる震えてるぞ。

「どれくらい集まったんだ? 俺もや⋯⋯」

「ダメだよ。コアはまた魔力暴走を起こしたんだから、寝てて」

 金色に光りかけた目に、ギクリと体をこわばらせ、俺はベッドから垂らした足をプラプラと揺らす。

 妖にとって魔力が毒であるように、人間にとっても妖力は害を与えるものだ。

 多少は大丈夫だって言われてるけど、できれば使われないほうがいい。

 それをエルも分かってるから、使うときは緊急とか、仕方がないときだけ。

 俺は仮面を外すと、エルの肩ごしにテレビの画面を見つめる。

 バキッゴスッボゴッ!

 妖に容赦なくさくれつする、三連続パンチ。

 うっわあ、痛そう⋯⋯!


 画面外まで吹っとんだ妖は、テレビの端のほうで、半分に切れながらエルの出方をうかがってる。

 数秒でしびれを切らしたエルが、タタタンッと音を鳴らしてキャラを高速で動かし、妖をけり上げた。

 ⋯⋯っていう感じで、このゲームでは倒した妖と戦うことで、パターンを記録することができる。

 データは本部に送られて、傾向とか対策とか、そういうことに役立てられるんだそうだ。

 俺はテレビから目を離して視線をおとし、指先で仮面をもてあそぶ。

 あのときチラついた、知ってるようで知らない少女のことが、頭から離れない。

 すごく大事な人だった気がするのに、今じゃ存在してるとも、自信を持って言えない。

 思い出したいのに。

 考えれば考えるほど、姿はあいまいになって分岐する。

 あと少しでつかめそうだったモノが離れていくのを、ただ見てるしかないみたいで、頭がおかしくなりそうだ。

「⋯⋯あのね、コア」

 エルが妖力をぬいてコントローラーを充電機にさし、テレビから水晶をとり出す。

「コアが何で悩んでるのか、苦しんでるのか、僕には分からない。感じとるのって、人間同士でも難しいのに、僕は妖だから、もっと無理だ」

「そんなこと⋯⋯っ」

「だからね、コア。知りたいんだ」

 ゆっくりと、エルが振り返る。

 切なげにほほえみ、俺を真っすぐに見すえた。

「分かりたいんだ。僕たちが傷つけてきた、人間たちの苦しみや悲しみ、痛み。遊びなんていう、軽い気持ちで壊していいものじゃないって、気づいたから」

 エルは水晶をテレビの下に置き、すぐ横のペットボトルを手にとった。

「でもまぁ、僕たちだけが悪いかっていうと、そうでもないと思うけどね。人間はもろいんだから、あんまり偉そうにしてると、気づいたころには守ってくれるもの、なくなってるよ」

「⋯⋯それ、俺に言うこと?」

「コアだって、もろいんだよ」

 ハイ、とペットボトルを手渡してくれたエルの目は、冷たく、寂しげに揺れていた。

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トゥエルブ・ズ・コア〜12の魂〜 流暗 @ruan_hanaumi

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