流れ星のように降る火花

穏水

ひとときの輝き

 今日は地元で大きな花火大会が開かれる。わたしはこの日をずっと楽しみにしていた。

 一年に一度しかないこの日。地元の人たちだけでなくほかの市からもいろいろな人が大勢来る。毎年のことだけど、やっぱり花火大会に来る子たちはみんな輝いている。だから、わたしもみんなに負けないくらいに今日はおめかしをする。

「はーいできた。見てごらん?」

「わーかわいいー!」

 今日のおめかしはママにしてもらった。わたしがいつもするお化粧と違って、自然で頬がちょっぴり赤い。もちろん髪型も編んでもらった。丁寧に編まれた三つ編みを後ろでかんざしを使って止めてある。わたしがしようとしたらたぶんできないと思う。

「ママこういうの得意なの。ひさしぶりだったから気合入っちゃった」

「うん! すっごくかわいい! 毎日してほしいくらい」

「毎日はちょっと疲れるかなー」

 そういってママは笑う。笑ったママの表情はとてもかわいい。大好き。

「ねね、次浴衣!」

「わかってるー。そう急がないの」

 正直、浴衣を着るのを一番楽しみにしていたかもしれない。

 わたしは腕を開いて浴衣の袖を通してもらう。そして優しい手つきで帯を結んでもらう。

「ん、ちょっときつい」

「浴衣はこういうものなの。ちょっときついくらいが背筋がぴんとして美しく見えるんだよ」

「かわいくなるんだったらいいや」

 かわいさは女の子の命。自分がかわいくないとやる気がでないもんね。

 そうして、出来上がったわたしを大きな姿見を前にする。

 目の前の鏡にうつる少女にわたしは一目惚れした。まるで別人。すごくかわいい。今日のわたしは最強。どこにでも行ける。

「ママありがとー! ほんっとかわいいもう余韻浸れる」

「へへ、本番はこれからなんでしょー。まだ早いよ」

「そうだね!」

 ママと私は大きな声で笑う。幸せ。

「じゃあママ、行ってくるね!」

「うん、気をつけてね」

 わたしはめったに履かない下駄をはいて、玄関を飛び出した。


 ◇


 海辺に付いた。海の上にはいっぱい船が浮かんでいる。輝く星みたいで綺麗。

 服があまり汚れなさそうなところを見つけて腰を下ろす。

 海辺についたころにはすでに多くの人が腰を下ろしていた。ここに来る途中も、人が多すぎて自分がどこにいるのかわからなくなるくらいだった。でも、みんな楽しそうに笑って、話しながら歩いていた。

 どこか、そんなみんなを見ているとわたしもわくわくしてくる。

 あと少しすれば花火が打ちあがる。それまで私は波の音と風を感じて待つ。波はリラックス効果があるらしい。周波がどうとか。そこらへんのことはわたしにはよくわからないけど。

 だんだんとわたしのまわりが人で溢れてくる。わたしのすぐとなりにふたりの男女が座った。女の子はかわいい浴衣で身を包んで、男の子はシンプルで目立たない服を着ている。

 ふたりは肩を寄せ合って、花火が打ちあがるほうへと身体を向けながら、楽しそうに、笑いながら話し合っている。

 微笑ましい。幸せそうなふたりを見ていると、わたしまで幸せになる。ずっとこのふたりの関係が続きますように。ついついお願いしちゃう。

 遠くから、放送でおねえさんの声が聞こえた。花火大会のあいさつだ。それに合わせてみんなも少し静かになる。

 おねえさんの口から、カウントダウンが始まる。

 3……2……1……。

 流れ星のような光とともに、高く風を切るような音が耳に届く。それは高く、高く飛んで、ついに赤い光を発してはじけ飛んだ。大きくはじけた音は、鼓膜をはげしく振動させる。そして、その圧倒的な光景を目にしたわたしは、感嘆の声をあげた。

 まわりにいるみんなも口々に、「きれー」だとか「わー」だとか、感動の声を漏らしている。

 ただ、まだこの花火は最初に過ぎない。これから、もっとすごいものが打ちあがるのだと、心の中で期待のようなものがわきだしている。

 最初の花火が打ちあがるとすぐに、遠くから曲が流れだした。花火は、曲に合わせて打ちあがるのだ。それが花火大会。選曲は、今年に流行った曲などが先に流れる。一年を振り返っているみたいで、懐かしくなる。

 最近の曲がいくらか流れると、すこし懐かしい曲が流れだす。花火を題材にした曲だ。

 それに合わせて、花火のペースも変わりだす。穏やかで、また色とりどりで、迫力のある花火。

 星の下で、すぐ消えるのに、月に負けないように何度も咲き輝く花。瞬きすら忘れるほどに、目を奪われていた。ひとつひとつの花を、忘れないように目に焼き付けていく。

 曲のサビに入った時、見ている方向とは別の方向から、風を切る音が聞こえた。

 みんな一斉にその方向へと目をやる。その花火は、今までで一番高く飛んだ。

 そして、その花火は、わたしの視界をすべて覆いつくしてしまった。大きくはじけたその花火は、流れ星となってわたしたちに降り注いでくる。はじけた音が遅れてやってくる。

 みんなも驚きと感動で声を上げる。みんなの声がわたしの耳に届いてくる。笑顔が、隣り合う者たちが。視覚や、聴覚を通じてみんなの幸せが伝わる。

 わたしは、この瞬間が一番好きなのだ。花火は好き。綺麗ですごく好き。だけど、花火の一番好きなところは、それを見るみんなの幸せを、感じることができることだ。

 花火の綺麗さと、みんなの声を聴いて、わたしは目が滲んできた。涙腺が緩い。

 わたしは、右手をとなりにそっと置く。砂浜しか触れていない。右隣に顔を向ける。誰もいない。

 唯一、この花火の嫌いなところがある。それは、幸せと同時に、寂しさを覚えることだ。

 わたしのとなりには、誰もいない寂しさ。あの約束、覚えていてくれているかな。


 ◇


 無事に、花火大会は終わった。余韻がすごい。まだ夢の中にいるみたいだ。

 だけどもう帰らなくちゃいけない。わたしは、砂浜を立って帰り道へと足を動かす。

 あたりをみてもひとりで見に来ている子は目につかない。やっぱりわたしみたいな子は珍しいのだろうか。

 ありえないくらいに道が混んでいる。花火大会の帰り道はすごい。ほぼ戦争だ。でもみんなの顔は幸せに満ちていて最高。

 歩いていると。誰かと肩がぶつかった。

「あ、ごめんなさ……」

「いやこっちこそ……」

 相手は男の子。見慣れた顔。向こうはすぐに顔をそむける。

 あぁ、君も見に来ていたんだね。

 一緒に見たかったな。まだわたしはこんなことを思っている。

 忘れたくても忘れられない。さようなら、一年に一度の花火大会。

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