緑色のドラゴン
白兎
緑色のドラゴン
緑色した可笑しな生き物を、僕は誰にも内緒で友達にした。だけれど、本当はみんなに言いたいんだ。なぜならその生き物はとても素晴らしい立派なドラゴンなのだから。誰にも話しちゃいけないよ、僕の大切な友達のことを。君にだけ、そっと聞かせてあげるから。素晴らしい友達との大冒険の話をね。
僕が彼と出逢ったのは、家族と出かけた天竜という名の豊かな森だった。ハイキングを目的として行ったのだけれど、僕が小鳥に興味を奪われ家族とはぐれてしまった。青く透き通った空が丸く見える場所にぽつんと立つと、なんだか淋しさが込み上げた。不安を感じて泣き出してしまいそうになった僕に、話しかける者がいたんだ。それが彼だった。低く安定した響きを持ったその声に、温かみを感じて心が落ち着いた。
『一人で森を歩くには、お前はまだ幼すぎる。ここは素敵な場所だが、見えぬ危険も潜んでいる。さあ、もといた場所に帰りなさい』
「誰なの?」
『私が誰か知らないかね? 姿を見ても怖がらないなら教えてやろう』
「うん。絶対に怖がらないよ」
僕がそう言うと、木々がざわめいた。まるで空気が震えたように。すると、何もなかったその場所に深緑色の大きな身体が現れた。あまりの大きさと迫力でひっくり返りそうなくらい驚いたが、すぐにそれが声の主で、しかも立派なドラゴンだと気がついた。
「ドラゴンだ!」
僕は大喜びで彼に抱きついた。絵本や映画で見たどのドラゴンよりも素晴らしく、威厳と神々しさを放っていた。
『私はここに棲む者。人は私を龍と呼ぶ』
「すごいよ、すごいよ。本物に逢えるなんて。僕は本当にラッキーだ」
『喜んでもらえたのなら、私もうれしい』
「ねえ、空は飛べるの? 口から火を吐くの? ねえ、何ができるの?」
『空は飛べるが、火を吐くことはできない』
「そっか……。火は吐かないのか。残念だな。でも、空を飛べるんだね。僕を乗せて飛んでみせてよ」
『なぜそれを望むのか?』
「なぜって、だって、僕は空を飛べないもの。だから、空を飛んでみたいんだよ」
『分かった。しかし、お前に今必要なことは、家族を見つけることだろう』
「そうだけれど、それは今すぐでなくてもいい。君と一緒に空を飛びたいんだ。ねえ、いいでしょ?」
ドラゴンは、フゥーと鼻から息を吐き、少し淋しそうな表情をした。
「どうしたの? 僕を乗せて飛ぶのが嫌なの?」
『そうじゃない。ただ、お前が私の最後の友達になるのかと思うと、淋しさを感じずにはいられない』
と深いため息を漏らした。
「どういうことなの?」
『この豊かに見える森は、少しずつ小さくなっている。ここは無くなりつつあるのだ』
「どうしてさ?」
『人が多くの木を切る事、汚れた雨に打たれ木が枯れていくこと、昔と今では何かが変わってしまったのだ』
「そんなぁ。そしたら、君は死んじゃうの? 嫌だよ、嫌だよ。君がここに棲んでいるってだぁれも知らないの? それじゃあ、あんまりだよ。だったら、なおさら君は空を飛ばないと。みんなが君の棲みかを守ろうって思ってくれるようにさ」
『そんなことが叶うなら、お前を乗せて飛ぼう。この棲み慣れた森の上を、そして人の住む里の上を』
そう言うとドラゴンは姿勢を低くして、背中に乗るよう僕を促した。太い首をフサフサの美しいたてがみが覆っていた。それに掴まると風が巻き起こり、ドラゴンの身体はふわりと浮いた。そして勢いよく天へと昇る。落ちるんじゃないかと思ったが、僕の身体は何かに守られているような安定感があった。
『心配はいらない。友達を空から落とすような事はしない』
ドラゴンは空を泳ぐように優雅に飛び始め、下を見下ろすと、豊かに見えた森林のところどころに土が見えた。木が無くなっているんだ。
『私はここにいる。この森を滅ぼさないでくれ!』
ドラゴンは心から叫んだ。僕も同じように叫んだ。
「そうだよ! 森を壊さないでよ。ドラゴンがいるんだ。生きているんだ!」
僕の叫びに負けじと、ドラゴンは低い唸り声を上げた。それは空気を震撼させ地響きをも起こした。
「すごい! さすがドラゴンだね。これできっと、みんなが君の事に気づくよ」
ドラゴンは気持ちよく空を泳ぎ、人のいる街へと繰り出した。高い空から見た街はまるでおもちゃみたいだ。
「ねえ、低く飛んでよ」
『分かった』
ドラゴンは人の姿が見えるところまで下りて走るように街を通り過ぎたが、人々からは姿が見えないようで、巻き起こった風を見ていた。
「みんな、君のことが見えないの?」
『ああ、そうだ。私が見えるのは特別なのだ』
そう言ってドラゴンは颯爽と空を飛び、森へと帰った。
そのあと、僕は森の中で寝ているのを家族に見つけてもらったんだ。もちろん、ドラゴンの事は話していない。だって、僕だけが特別にドラゴンと出逢えたんだからね。
緑色のドラゴン 白兎 @hakuto-i
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます