発明パパ
呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)
発明パパ
私のパパは発明が趣味。
休みの日は、私もママも放っておいて、いつもイソイソとつまらない発明をしている。
なんで『つまらない』と言うかって?
だって、毎回、パパの発明の実験台にされるから。
「あきほ~! できたぞ! ほら、遊んでみろ」
ほら、きた。恐怖の言葉。
「え~?」
「『え~?』じゃなくて。これこそパパの最高傑作なんだ! 名付けて、『同じ動作します君』だ。ほら、手を伸ばすとタッチするぞ」
パパが私の目の前に置いたのは、BOXティッシュにギョロリとした目がついて、その両脇から長い配線が伸びている奇妙なもの。配線の先には、その長い配線がよく持ち上げるなと思うような、大きな手がついている。
一言で言えば、不気味。
「う~……」
うなっても、パパの笑顔は消えない。
しかたない。
「あ~る~ぷ~す……」
手を伸ばすと、大きな手がぶわ~と迫ってくる。はっきり言って……
「こわい」
もう、色々とこわすぎる。
引っ込んだままの手。震える体。じんわりとにじんできた視界。
「わ、わ! ご、ごめんよ、あきほ。もう、これで充分だ」
パパがあったかく私を包んでくれる。
「もう、発明なんてやめてよ」
私は泣きじゃくる。
「ごめんよ。ごめんよ」
謝っても、パパは止めるとは言ってくれない。
わかってる。
だって、パパは発明が大好きなんだもの。
あれからニ十年が経った。
その間に変わったことがふたつ。
私はパパを『パパ』と呼ばなくなった。
父は相変わらず、なにかを発明しようとしている。
ただ、あの恐怖の言葉を聞くことはなくなった。
私はニ十五歳になった。
今なら、すこしだけ父の気持ちがわかる。
昔の私は、大好きだった父に毎日遊んでとせがんでいた。でも、それは父が大好きだったから。父と遊びたかっただけで。
「あきほ、本当にひとり暮らしをするの?」
「うん、そろそろ荷物をまとめ終えるところ」
「お父さん、さみしがるわよ」
「大丈夫よ、お母さんがいるわ」
父がさみしがると言いながら、母がさみしそうな表情を浮かべる。
「いつでも帰ってきていいんだからね」
「ありがとう」
今生の別れをすると言っているわけではないのにと、笑ってしまう。
父とは、しばらく話していない。
だから、さみしがるわけない。
そういえば、いつから話さなくなってしまったんだろう。
私が反抗期や思春期を迎えたころからだったかしら。
最近の父は、仕事から帰ってくると部屋にこもっている。きっと、私と話しにくいのだろう。
私もそう。
今さら、なにを話したらいいのか、わからなくなっている。
──と、思っていたのに。
あの声は唐突に聞こえてきた。
「あきほ~! できたぞ! ほら、遊んでみろ」
「は?」
二十年も経ったというのに、変わらない父に驚く。
──いや、父はずい分と変わっていた。目じりにも、額にも、頬にも、深い深いしわがいくつもある。横じわだらけで、ぐちゃぐちゃな顔は、なぜか純粋な少年そのものに見えた。
「これをな、頭から被って目をつぶるんだ!」
父の手には、兜のようなもの。
いやいやいや、見た目がこわいっていうより、その説明がこわいんですけど?
「え? え?」
脳内の冷静さとは裏腹に、父になされるがままの私。父は言うや否や、私にその兜のようなものを被らせてくる。
「目をつぶったか?」
「え? あ、はい」
「よし。じゃあ、『遊びたい』と願え!」
「え? あ、はい」
言われるがままに願う。
──遊びたい!
すると、目の前に、一本の糸が現れた。
「何が見えた?」
「えと……糸」
「お~! 懐かしいな! あやとりだ!」
ふと、目の前の糸は丸くなり、突然現れた手に巻きつく。
「確かに……懐かしい。昔、お父さんと遊んだ」
「そうだな、遊んだな」
「うん……」
私はしばらく目の前の手をあやとりをする。つり橋から田んぼ、川ができていく。そうして舟ができて、私はふふと笑った。
ちいかったころ、私は船を取るのが苦手だった。
そう思ったら、手の中で糸は消えていた。
「あれ?」
「どうしたんだ?」
「糸がね、消えちゃった」
「そうか、じゃあ、また『遊びたい』と願え」
私はうなずき、もう一度願う。──すると、今度は輪ゴムが浮かんできた。
「輪ゴム?」
「輪ゴムか! じゃあ、割り箸がいるな!」
割り箸?
「あ! 割り箸のゴム鉄砲? え~、これも懐かしい」
また突然、割り箸の鉄砲が現れた。手に取り、ゴムをつける。景色はいつの間にか草原で、空は真っ青。
「バーン」
輪ゴムはすこしだけ飛んで、落ちていく。
「あれ~? 遠くまで飛ばす付け方があったような……」
試行錯誤し、私は色んな付け方をしてみては飛ばす。そして、はたと思う。
「これ、指でもできたような……」
今度は指に輪ゴムをかけて飛ばしてみる。
「あ~! できた!」
懐かしい。昔はこんな遊びを父に教えてもらった。
「あ……」
「どうした?」
「割り箸の鉄砲も、輪ゴムも、消えちゃった」
「そうか」
すると、ふわっと頭がなにかから抜けた。ゆっくり目を開けると、父がにこやかに笑っている。
「やっと楽しんでもらえるものが作れたな。こんなに待たせてしまって、悪かったな」
どうして父は謝っているのか、わからない。
「近ごろは、なにで遊んでいたんだ?」
「友達と遊ぶ以外は、スマホとか、パソコンとか……」
「そうか。それなのに、お前は、子どものころに俺と遊んだものを『楽しかった遊び』として思い出してくれたんだな。俺は、こんな発明をしようと思わず、もっと、お前と遊んでいればよかったな」
父は、後悔している?
「母さんから聞いた。ひとりで暮らしても、いつでも帰ってきてくれよ。そのときは、発明じゃなくて、きちんとお前と向き合うから」
「お父さん……」
差し出された父の手。私は、その手を握る。
「ありがとう」
私たちは、どこかでひどいすれ違いをしていたみたい。
だけど、私に後悔はない。
今、父はこんなにも私を思っていてくれたと知れたから。
翌日、父が会社に向かってから、母がこんなことを言った。
「お父さんがずっと発明をしていたのはね、あきほにさみしい思いをさせたくなかったからよ」
意外な言葉に、私は母をじっと見る。
「あきほも、もう知っているけれど……あきほがまだ、ちいさかったときに、お母さん、婦人系の病気を患ったじゃない。だから、兄弟のように、常にあきほが遊べる存在を作りたかったみたいなの」
「そうだったんだ……」
「昨日、お父さんができたって言ったものもね、ぜんぜん完璧じゃないって言っていたんだけど……この家を出ていく前に、あきほと話すきっかけがほしかったんだと思うわ」
──そんなことを聞いたら。
「そんなこと、聞いたら。ひとり暮らし止めたいと思っちゃうじゃない」
「あら、いいのよ。私たちは、あきほがいてくれた方がうれしいわ」
「ダメだよ」
「どうして?」
言葉にするのは、恥ずかしい気がするけれど。
「私が、まだまだ子どもだから」
母は目を丸めて、次の瞬間には、あははと笑う。
「だから、ちょっと自立を経験して、大人にならなきゃ。そうしたら、もっと、今まで見えていなかったことが見えるかもしれない」
声を出して笑っていた母が、今度はにんまりと微笑む。
「そう。わかったわ」
「ただ、部屋の更新が迫ってきたら……帰ってくるっていうかもしれない」
「あら、うれしいこと言ってくれるのね」
今度は、ふふふと母は笑う。
「かも、『かも』だからね!」
「はい、はい」
私がひとり暮らしを始めるまで、あと三日。
それまでの間、また家族三人で楽しい夕食を迎えられる気がする。
発明パパ 呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助) @mikiske-n
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