第5話 歓迎会

 結局、俺と西山は神宮寺先生に捕まり、生徒指導室に連れられた。


 「んで……なんで屋上に?」


 一通り説教を受け、質問された。


 「西山くんに連れてこられました」

 「おい、俺を売らないでくれ」


 はあ、と神宮寺先生は呆れたようにため息を吐いた。


 「今回ばかりは慈悲で許してやるが、今度は容赦しないぞ」

 「「ありがとうございます!!」」


 そうしてようやく席を立ち、部屋を出ようとした時、俺の手が掴まれた。


 「東川は残れ」

 「え……」

 「湊……」


 いつの間にか名前呼びをしていた奏がこちらを向いてグットポーズをした。


 「ふぁいと!」

 「何をだよ……」


 奏が退出したのを確認すると、先生は手のひらを上にして俺の前に伸ばしてきた。


 「入部の件、どうだ?」

 「あ……それは……」


 入部はするつもりだ。しかし先ほどの杏奈さんの態度にかなり心をえぐられている。


 「まあ、私も今日は顔を出すつもりだから、その時までに決めてくれ」

 「はい……」


 神宮寺先生は席から立ち、俺の横を通って出口へ向かった。


 「黒田も、心底喜ぶだろうさ」


 最後にそう呟いて部屋を出た。


 放課後、入部届を持って文芸部へ向かう。 


 「湊部活か?」

 「ああ。奏は?」

 「今日はサボる」

 「そうか。じゃあ」

 「またな」


 別れを告げると、校内にも関わらず漫画を読みながら去って行った。

 やっぱあいつ、頭おかしいんだな。


 来た、文芸部。

 昼休みの杏奈さんの顔がよぎり、頭を振ってそれを振り払う。

 ノブに手をかけ、「失礼しまーす」と扉を開け――


 パンパンッ!!


 いきなりの銃声のような爆音に耳を塞ぐ。しかし視界に広がるのは意外な風景だった。

 色紙で作られたカラフルなリングの装飾、壁にかけられた「みなとくん歓迎会」と書かれた紙、部屋の脇でクラッカー片手に本を読む神宮寺先生、そして……誕生日席で三角帽子をちょこんと頭に乗せて、両手でクラッカーを構える、天使のような、太陽のような笑顔の杏奈さん。


 「ようこそ、湊くん!」

 「な……なにが……?」

 「察しが悪い男はモテんぞ」


 神宮寺先生が嘲笑するように言う。


 「こいつ、朝からずっと準備してたんだぞ」

 「そ、そうなんですか?」

 「……」


 杏奈さんは照れるとうに頬を染めて、こくりと頷いた。


 「お昼はごめんなさい。サプライズでやりたくて……」

 「杏奈さん……」

 「と、とりあえず座りましょう? ケーキも用意してあるし」


 すると彼女の前に置かれていた白い箱の中から、4つのケーキが出てきた。

 俺は「おお」と目を輝かせながら昨日と同じ場所に座った。

 杏奈さんは4つの席にそれぞれケーキの乗った皿とフォークを起きながら、神宮寺先生に目を向けた。


 「京子先生も食べましょ?」

 「ダイエット中なので遠慮しておく」

 「先生はパーフェクトボディですよ」

 「セクハラで訴えるぞ」


 口調は強いが、俺にはどこか嬉しそうに見えた。多分、この体型にするのにものすごく努力したのだろう。


 「多分鷲山もこないだろうから、残り2つは2人で食べな」

 「2個も食べたら太っちゃいます……」


 しょんぼりと先生と自分との体型を比べる杏奈さん。彼女の胸は大きくもなく小さくもないが、俺はそれがいいと思っている。


 「湊くん、あまりじろじろ見ないでください」

 「杏奈さんがかわいくて、つい」

 「かかか、からかわないでください! い、いただきまーす!」

 

 顔を真っ赤にして、それを隠すためにケーキに食らいついた。

 「美味しいですぅー」と落ちそうな頬を支えるその仕草が、見ていてとても愛おしい。


 「俺もいただきます……んん! 綺麗な形だったのでスポンジ部分は固いと思っていたのに、生クリームくらい柔らかい。そしてクリームを乗せたイチゴは口の中で甘さが広がる……」

 「……」


 まずい、あまりのおいしさに感想をだらだらと語ってしまった。

 引かれてないといいなと思いながらちらっと杏奈さんの方に視線を移した。彼女は、「おお」と口を開けながら拍手をした。


 「お前、意外と食レポ上手いな」

 「すみません、つい……」

 「いえいえすごいことですよ。わたしなんて、美味しい、しか出なかったのですから」

 「よしっ」

 「ん?」


 突然神宮寺先生は本と閉じて、空いているフォークを手に取り、こちらに歩いてきた。


 「あ……」


 そして俺のケーキの大部分をとって、いたずらっ子のように口角を上げながら口に運んだ。


 「ちょ、ちょっと……」

 「んん……たしかに美味い」

 「太ります――よっ!?」


 俺の腹部に強烈なストレート。

 あまりの痛みにその場にかがみ込む。


 「こ、これはれっきとした暴行だ……」

 「女性に体型の話はするなと習わなかったか?」

 「どこの国の義務教育だよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして俺のケーキを……最後のイチゴが乗ったところを食べた。


 「杏奈さんからもなんか言ってくださいよ」

 「湊くん、最低です」

 「そんな……」


 まるでゴキブリを見るような目で俺を見下す。それはそれでいいが、今はそれよりショックの方が大きい。


 「だから……」


 杏奈さんはケーキのクリームがたっぷり乗った部分をフォークですくい、俺の方へ向けた。


 「湊くんも太ってください」

 「っ!」


 こ、これはれっきとした「あーん」だ。

 めちゃくちゃ嬉しい。嬉しい……が、絶対最初は今じゃない。


 「あーん」


 まずいまずいまずい。

 やだやだやだ――


 「あーん」

 「はい、美味しいですか?」

 「最高でふ」


 天国だ(賢者タイム)。

 

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僕の青春下剋上 うりわさび @uriwasabi

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