第13話 中途半端な怪談
我が校にまつわる『迷い蛾』伝説は、校舎のある周辺地域で伝わる伝承の派生のようなものだ。こんなことがあったが、これは彼の伝承『迷い蛾』の仕業だったのではないか。そういう噂だ。
だから、噂自体は本当にあったことが元になっている。
とある美術部の男子生徒がいた。その生徒は前途有望な人物で、在籍中にもコンクールで賞なんかも取っていたらしい。天才肌で、人間関係は得意ではなく、もっぱら美術室にこもって作品を作るばかり。周囲の人びとは彼の才能を認めながらも、気難しさから敬遠気味だったそうだ。
そんな彼にも心を許す人物がいた。仮にA子と呼ぶことにしよう。A子はごく普通の女子生徒で、大人しくて人の輪に混ざるのが得意ではなく、器量もあまり良い方ではなかったけれど、熱心な美術部員だった。
評価される作品を作ることはできないが、作品を作ることを誰よりも楽しんでいる。そんな人物だ。そして、そんな彼女だからこそ、彼も気を許したのだろう。
二人は美術部の中、切磋琢磨し、心を通じ合わせ、いつしか友人以上の関係になったという。
そして、時が経って卒業を迎えた。A子は県外の大学へと進学し、新しい生活を送っていた――かのように彼は思っていた。
A子が卒業して数か月後、彼女は高校近くの山中で首なし死体として見つかった。警察の捜査の結果は事件性なし、報道もされなかった。
彼もA子の死を知らされたが、高校時代の仲の良さが嘘だったかのように冷静に受け止めていたらしい。まるで別人が死んだかのように、A子の死を話題に上げることは無かった。
「……と、まあそんな話だ」
時刻は放課後。ホームルームが終り、部活が始まる前に集まり、柿崎は三人へ『迷い蛾』伝説を聞かせていた。
話し終えた後、三人は一様にしっくりこない、微妙な顔で黙り込んでいた。
「なんか、微妙な話だな」
「あれだ、怪談として中途半端」
「そ、それはそうなんだが……」
梅野は以前柿崎が李一へ言った言葉を持ち出して評した。図星を突かれ、柿崎は言葉を詰まらせた。
「で、でもさ、中途半端な感じが、実話が元ですって感じだよね!」
少し落ちこんだ柿崎の様子を見て、栗田が助け舟を出す。
梅野もそれ以上は柿崎を揶揄う気はなかったようだ。何かがひっかかっている様子で、李一へと話しかける。
「あのさ、このA子ってさ、あの、え~っと、あの骸骨の女の子の事っぽいよな」
「百瀬三奈子?」
李一が口に出した名前に梅野が頷く。
「ああ、そうだ。そんな名前だった! その、百瀬三奈子の事が話題になって、この話ができたんじゃないか?」
梅野の考えには柿崎も同意見だった。山中で見つかった首なし死体。センセーショナルな事実は実に怪談向きだ。この話を弓道部の先輩に聞いた当初は気にしていなかったが、改めてこの話を思い出して感じていた事だった。
一同が考え込んでいると、不意に栗田が閃いた顔をした。
「じゃ、じゃあさ、この話に出てくる男子生徒が骸骨の作者なのかな?」
「その可能性はある。けど、決めるのはまだ時期尚早だろ」
梅野が納得した顔で同意しかけていたのを遮って、柿崎は異論をはさんだ。不機嫌そうに梅野が睨んでくるのを無視して、話を続ける。
「A子が死んだのは卒業してから。でも骸骨が作られたのは在学中だろ? 矛盾してる。証拠もないしもっと調べてみないと」
ただの怪談だと思っていた話が事実と繋がり始めた。柿崎はそのことに気味の悪さを感じながらも、手ごたえを感じていた。他の面々も、以前とは変わり乗り気の様子がうかがえる。
「……なあ、山吹には止められたが、やっぱり百瀬三奈子のこと調べてみないか? このままじゃあすっきりしない」
断られることも承知したうえで、柿崎は遠慮がちにそう切り出したが、予想に反して、以前は乗り気でなかった栗田も梅野も快く頷いた。
性格の不一致もあり、普段はそりが合わないこともある間柄で、目的が一致した嬉しさに胸がいっぱいになる。高揚した気分で柿崎たちが乗り出そうとした瞬間。
「……ああ。俺もそうしたい、が! 見てくれ」
突然、李一が話を遮った。
ビシッと伸びた手は教壇の上、時計を指さしている。ホームルームが早めに終わったおかげで余裕があったはずの時間は既に過ぎ去り、部活の時間が始まろうとしていた。
「うわっ!」
声を上げて焦りだしたのは栗田だった。断り切れずに無理やり入れさせられた柔道部は、体育会系の色が濃く、縦社会だ。後輩は先輩よりも早く部室に辿り着くべし。急がないと先輩からの叱責は免れない。
「ご、ごめん! ありがと、李一。僕もう行くよ!」
急いで机の上に置いてあった自分の荷物を掴み取り、栗田が教室を駆けだしていく。声をかける前に既に後姿は遠くにあった。
「あちゃ~、もうこんな時間か。俺も行かねぇと。今日は晴れだから久々にプールに入れるわ」
梅野が残念そうに腰を上げる。言葉の割に部活が楽しみらしく、声音は明るかった。今日は先日とは違い、李一以外は部活がある。柿崎も梅野に続いて、立ち上がった。
ちらりと李一を見る。普段通り明るい笑みを浮かべて、今は迷い蛾の調査に意気込んでいる。
けれども柿崎にはどうにも引っ掛かることがあった。先ほどの迷い蛾の話の間、らしくもなく李一は静かだった。それに自分から話を切り上げるそぶりは、今まで謎に熱中していた彼らしくもない。
何か隠していることがあるんじゃないだろうか。そんな疑惑が頭をもたげていた。
「李一は、今日はこのまま帰るのか?」
「いや、今日はもうちょっと残るよ。『迷い蛾』について調べたいし。どうかした?」
「……いや、別になんでもない。じゃあな」
首をかしげる李一に、柿崎は踏み込んだことを言えないまま首を振った。気にしすぎだ。再びそう自分を納得させた。
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迷い蛾 見切り発車P @miki-P
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