第12話 盗撮写真
まだ記憶に新しい単語に、柿崎はびくりと肩を揺らす。しまった。おそらく山吹が回避した噂が、すぐそばで李一に漏れようとしている。栗田と梅野の二人も察したようで、苦虫を噛み潰した顔を浮かべている。
何とかして話を逸らさなくては。柿崎は視線を走らせて、李一が手に持っている紙へと目を向けた。
「そ、それより李一。その押し付けられたごみ捨ててくれば?」
手の平の上に乗った丸まったゴミは、ポケットの中にあったクズもおまけに付いてきていて、大変不潔だった。李一は気にせず握りしめているが、柿崎からすると正気を疑う行為だ。
「確かにそうだね。……あれ?」
少し強引だった気もしたが、幸い李一は視線を自分の手の平へと落とした。そして、何かに気が付いた様子で、丸まった紙を延ばした。
「どうした?」
「これ、写真だ。なんの写真だろう」
「うん? 映ってるのは君たちのクラスの子かな」
その写真は、いたって普通のものに見えた。教室の後ろから撮られたもので、山吹佳織と複数名の女生徒が映っている。日差しの様子から、晴れの日の夕方と言ったところか。衣替えはまだの様子で、入学してすぐの頃に着ていたブレザーだ。
しかし写真を見て夏目は渋い顔を浮かべた。
「ふむ。あまり趣味の良い物じゃないな」
「え、どうしてです?」
あまりおかしなものが映ってる様子もない写真だ。李一が不思議そうに口を挟むと、夏目は写真に写っている女生徒たちの顔を指さした。
「これ、盗撮写真だ。誰もカメラの方を向いてない」
夏目の言葉に、柿崎はぞっとした。先ほどまで、何の変哲もないと思っていた写真が途端に薄気味悪いものへと変わる。指摘された通り、写っている女生徒たちは不自然すぎるほど自然体だった。誰一人、こちらへ視線を向けていない。
「な、あっの野郎! 信じらんねぇ」
梅野が怒りに声を震わせ、高畑が歩いていた方角を睨み付ける。
「早く先生に突き出そう! あのヤンキー、よりによってこんな盗撮を李一に渡すなんて何考えてやがる!」
普段の梅野の軽いノリには気が合わないが、今の梅野とは柿崎は同意見だった。高畑の行為はあまりにも悪趣味だ。幼馴染の写っている盗撮写真を渡すだなんて。
流石の李一も衝撃を受けているだろう。そう思い、柿崎が友人へと目を向けると、予想外にも李一は冷静な様子で、眉間にしわを寄せ、独り言をつぶやいていた。
「……五十円。一年三組教室。女子五名。ブレザー、脱衣無し、四月×日放課後」
「はぁ? 何言ってやがる、李一!」
気持ちの悪い独り言に、梅野がギョッと顔を引きつらせる。
「い、いや、裏に書いてあるんだって!」
慌てて李一が裏面を見せる。確かに、口にした通りの内容でボールペンの走り書きがされていた。
「盗撮写真の売買? 高畑君もアングラだなぁ」
夏目がのんきに肩をすくめる。一方で写真を覗き込んでいた栗田と梅野は理解不能な事態に顔面蒼白で固まっている。
同じく面食らって硬直していた柿崎は、はっと我に返って走り書きから推察される嫌な事態を口に出した。
「これって他にも盗撮写真があって、しかもどっかで売られてるってことだよな?」
「そうだね。しかも、割と広範囲に、継続的に?」
夏目がケロリと言った言葉に、柿崎は景色が遠のくような感覚を覚えた。とんでもない事実を知ってしまった。
呆然としていると、ふと何かに気付いた様子で栗田が不思議そうに口を挟んだ。
「あれ? でも……、それだと、ほら、変じゃない?」
「あ、栗田も思った? だよなぁ」
栗田の言葉に李一が同意する。
「うちの高校、更衣室あるもんな」
李一の言葉にうっかり見落としていた事実に柿崎は気付く。そう、この高校には体育館に女子更衣室が併設されている。教室で着替えを行うのは、男子生徒だけだ。大きな行事があり、大人数が着替えを行う際は家から着てくるようになっている。体育の授業前は更衣室が使われるし、部活前の着替えには運動部は男女別の部室があるのでそこで着替える。
「先輩のいうように売買するなら、教室撮るのはリスクになるだけで、更衣室だけ撮った方が良くないですか?」
「じゃあ、高畑君が倉光に嫌がらせしたいから、この写真撮って、思わせぶりな事書いて渡したってことかな」
「それだと二か月も前の写真ってのが引っ掛かりません? 嫌がらせ目的で撮ったのなら、二か月温める意味が分からない。でも売買目的で撮ってたのなら、わざわざ自分からバレる様な事するのはおかしい」
謎だ、と呟いて李一は眉間にしわを寄せて考え込む。
柿崎はそんな李一の様子に、内心舌を巻きながら、引っ掛かりを覚えていた。冷静沈着に推理を展開する友人は普段の様子からは考えられない。美人の幼馴染がいる好奇心旺盛で大雑把だが気のいい友人、というのが柿崎の倉光李一という人物への認識だった。
山吹の盗撮写真を見ても、取り乱した様子一つない。そこに何となく薄情さを感じる。
気にしすぎか?
柿崎が李一に関して不信感を募らせている一方で、夏目がちらりと食堂の壁へと視線を動かす。
「いろいろ考えるもんだな、我が後輩は。でも、そこそこにしておかないと昼めし食べる時間が無くなるぜ?」
視線の先の時計を見ると、既に休憩時間も終わりが見え×時間にとなっていた。
「えっ、うわ。もうこんな時間!」
「李一、さっさと昼飯買って教室戻るぞ」
「でも、先輩から『迷い蛾』伝説を聞かないと」
「うげ、忘れてなかったのか」
李一たちがあたふたと焦りだす、そんな後輩たちの様子を愉快そうに夏目は眺めると、今度は柿崎を一瞥した。
「わざわざ僕に聞かなくても、結構有名な話だよ。それこそ、そこの眼鏡君に聞けばいい」
話を振られ、柿崎はどきりとした。ほとんど初対面なはずなのに、どうして自分が『その話』を知っていると見抜かれたのか。得体の知れなさを感じて、柿崎は夏目を見たが、当の本人はどうということもない様子でにっこりと笑っている。
「さ、急ぎたまえ」
柿崎の複雑な心境は他所に、昼休憩のタイムリミットは迫っていた。
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