蓮は咲かねば泥の内、実れば怖気を誘うもの

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蓮は咲かねば泥の内、実れば怖気を誘うもの


 清く正しく美しく、万物を慈しみ些細な事へ喜びを見出し、幅広い知恵や技術を得る努力を行い、世間に感謝を抱き、日々を大切にし、平和を望み、社会に役立つ事を心掛け、人の想いに心を砕く。そういう人になれたらと、そんな理想を思い描き、また命の尊さを重んじて己を大事に生きて参りました。


 結果、何者でもない空虚な己に行き当たりました。


 人を押しのけ他人の物を踏み台にし、世間に対して斜に構え、大声を出し、小さな親切には見向きもせず、頭を使わず衝動を元に、ただ先へ先へと進もうと自らの砂時計を落とす人々はどうやら楽しく豊かに生きているようで。


 それを知った時の感情と言ったら。


 己が少しも善人ではなかったと知って、失望を覚えつつもいっそあんな風に生きてしまえば良いのかしらと素直に「××」と呟きました。

 それは何だかとても安易で気持ちが良い。

「××」「×××」

「××××」「×××」「××」

 言った所で何にもなりません。所詮ただの言葉です。

 そもそも己ばかりではないのです、こんなものは世に溢れています。ならばそこに一つ二つ、追加されても大して変わりはないでしょう?

 まして満ち足りた人々から何を取ろうと言うのでもないのです。

「××」「×××」「×××××」

 だって善人になろうとしてもなれないのです。

 空なのです。何をしても正しくならないのです。それを笑われるだけなのです。馬鹿にされるだけなのです。見下されるのです。苦しいだけなのです。腹が立つだけなのです。

 だったら耐えても仕方がないじゃあありませんか。気持ちの晴れる方が良いではありませんか。

「××」「×××」「××××」「××××××」

 死ねば善人は極楽に行けると言います。悪人は地獄に堕ちると言います。

 けれどもつまり、生きている間には救われないという事でしょう?

 一生不幸という事でしょう?



 駄目ですか。駄目でしょうか。

 ならばどうして世間は救わなかったのでしょう?認めなかったのでしょう?清い世界が良いと言うならそちらを選べば良かったでしょう?

 そんな事、望まなかったではないですか。望まれなかったから不幸なのではないですか。

 ならば要らないという事でしょう?


 そんな事はなかった?心の中では望んでいる?

 その日その時その場所で言わなかったその言葉。一体どうしてなのでしょう。

 愉快ではないからですか。面倒だからですか。損得勘定に外れましたか。忙しかったからでしょうか。清さ正しさ美しさよりも我が身可愛さが走りましたか?

 それはつまり、お揃いですね。一緒ですね。


 誰も彼も求めていない。

 ほうら、やっぱり、要らないんだ。



 咲けぬ蓮は泥の中に消えました。腐り落ちてもうありません。

 先に咲いた蓮は花落ちました。残した実を奇妙だ不快だと言って人々は目を背けます。



 ふと水面に映った姿。ひょろりと生えた茎一本。湖岸に集まるそんな物の群々達。

 あれは一体なんでしょう。

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