聴こえないレコード

ケーエス

聴こえないレコード

 薄暗い部屋の中で青年はレコードが回っているのを見ていた。ただ見ていた。


 ♪~※△□●……


 レコード針がレコードの中心まできて曲は終わった。針はいそいそと元の位置に戻った。

 青年は頭を掻きむしりながらもう一回再生ボタンを押した。針が動きだす。


 ♪~※△□●


「チッ」

 青年は舌打ちをした。そして机をガンと殴ると伸びをしてそのままパタンと後ろの棚に倒れ込んだ。その揺れで棚にある楽譜が落ちてきた。


「いてっ。ハアッーー!」

 彼はその楽譜を向こうに投げつけた。楽譜はケースに包まれたギターに当たって床に落ちた。



 今度はピンポーンとインターホンの鳴る音がした。彼は動かなかった。



 再び鳴った。彼は動かなかった。



「一輝ぃ~! 一輝ぃ~! いるの~!?」


「ねえ、いたら返事してー?」


「真由美ちゃん来てるよー!」

 彼は立ち上がった。そして2秒後には玄関のドアを開けていた。しかしそこにいたのは加奈だけだった。彼の顔は途端に歪んだ。


「ち、お前、この、お前、クソが、お前」

「しょーがないじゃん、そう言わないとこないんだもんねー」

 彼が顔という顔を捻じ曲げて今できる最大限の悪態をつき続けているのを、加奈はパンダでも見るかのような微笑みで鑑賞していたが、

「でも好きなんだねまだ」

 と言った。彼は口をつぐんだ。

「ちげえよあのクソ女にこう……一言言いたかった、だけだよ」

「ふーん」

 加奈は部屋の奥をのぞいた。再生の終わったレコードがたたずんでいる。

「まだ聞いてたんだ」

「ああ、まあ、あああれだ。今後のための、教養?研究?ないしは」

「聴こえたの?」

 彼は頭を掻きむしった。そしてあちこちを見回してこう言った。

「もうまもなくだ。そう、考えられるメロディーはある、あと数回聞けば」

「そっか」

 加奈は少し考えているようだったが、

「あの人捕まったって」

「は、本当か?」

「本当」

 彼の顔が固まった。そして加奈が詳しいいきさつを話している間も彼はメデューサにでも会ったみたいに何一つ反応しなくなった。

 加奈は一通り話し終えると、「台風が過ぎたらまたスタジオだけでも遊びに来てね」と言って去っていった。


 風がびゅうびゅう鳴っている。木々が揺れる。日が沈む。風は部屋の中に吹き付けてくる。


「ハアッ」

 くしゃみをして彼はドアを閉めた。



 彼は腰を下ろしてレコードの再生ボタンを押した。針が動いていく、盤が回り出す。


 ♪~※△□●……


 いつしか彼の頬を涙が伝っていった。床のしみがどんどん増えていく。彼は何回も何回もレコードを回した。そして何度も何度も泣いた。



 ♪~しずかな……


 彼はじっとレコードを見た。そして耳に手をやった。動いている針を持ち上げ最初の位置に戻す。


 ♪~※△□●……


「はあ」

 彼はレコードに突っ伏した。レコードがガガガと音を立てて止まった。




 台風が過ぎたらまた聴こえるようになるだろうか? 彼女が好きだったあのメロディーが。





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聴こえないレコード ケーエス @ks_bazz

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