第16話 僕が持つ異能




 スリジエのが竜人らしき男が扉を叩こうと構えたのを捉えたそのとき、青褪め身を竦めた番を守るように囲ったカリマが威嚇せんと語気を荒げた。


「俺の番が怯えているから帰れ」


 その言葉に、スリジエとカリマ以外の三人がからかうより先に驚きに目を瞠った。まるで誰が来たのかをスリジエが分かっているかの、カリマの言い方だったから。

 これが竜人や獣人なら壁一枚くらいの隔たりなど障害にならず、向こう側の気配を簡単に感じ取れる。

 しかしカリマの番、スリジエは人間だ。人間でも大陸に名を轟かせる武芸者ならば万が一察することができようが、スリジエはまだ少年の域を出ていない。

 ベンダバールも、扉の向こうにいる二人も、人間スリジエが席に付いているからと気配を抑えて部屋に来ているのだ。

 そんな気遣いをされているとは露知らずのスリジエは、驚かれたことに驚いた。そしてそっとカリマを見る。


「僕は席を外した方が……?」

「いや、いい。いなくなるのはあっちだ」

『おいおい、今後の話をしようと来たんだ。遠ざけようとするな』


 扉の向こうで白い虎がそう訴えている。今後の話というなら、尚更スリジエはいない方がいいのでは? と思った直後、いや過激な結末を迎えないためにも同席できるならした方がいいかと思い直した。

 スリジエはカリマの左手を握る。


「あの、ああ言ってられるので僕は膝から下りて、あなたの隣に座って話を聞こうと思います」

「……お前がそう望むなら」


 カリマの返しに少し間が空いた。おそらくだが、膝の上に座るのを止めると告げたことへの葛藤だろう。だが手を繋ぎ合い隣に座るというのなら思い通りに叶えようといったところか。

 返す声に幾つかの感情が入っていたようだが、聞き入れてくれるなら問題無い。スリジエは「ありがとう」と礼を言って下りようとしたが、カリマはいったん握る手を放すと細い背に手を当て膝の裏を掬ってすぐ横へと置いた。そして再び手を重ね合う。


「番の許可が出たから入っていいぞ。だがまた恐がらせたら叩き出す」


 カリマの切り替えの速さに三者三様の反応をした後、静かに開けられた扉からスリジエのが見た通りの二人が入室してきた。

 竜人の方は空色の髪に髪より濃い青の瞳の偉丈夫で、白い虎は虎に見えていたが実際は人型に虎の耳と尻尾があるという形でカリマに似た金の瞳を持っていた。


「はじめまして、王の番殿」


 竜人の方が丁寧に頭を下げるので、スリジエも座ったままであるが同じように頭を下げた。本当は立ちあがろうとしたのだが、握る手に動きを止められたのだ。

 次に白い虎が、まったくの正反対の態度でよっと手を上げ挨拶してきた。


「俺はティグリスだ。ここベスティアで王を務めている」

「……スリジエ・ティユルです」


(獣人の王様だ……)


 大物の登場に内心でおろおろしつつも、ここに竜王カリマがいるのなら獣人の王とてやって来ても当然である。

 ただこんな時の挨拶の返しなど教わっていないので、スリジエはとりあえず名を名乗るだけに留めた。ーーー隣に座るカリマの気配がどんどん不穏なものに変化していくのを感じ取ったからでもあるが。

 ベンダバールはとりあえず座ったら、と着席を促した。空色の竜人はベンダバールの隣に、獣人王ティグリスはいつの間にか用意されていた一人掛けのソファに腰を下ろす。

 そして早々にティグリスが口を開いた。

 ただし今後のことではない。


「番が怯えてということは、お前の番は俺たちの存在が分かっていたということか? 俺もあいつも気配は抑えていたぞ?」


 その問いかけに、先程目を瞠っていたのはそういう疑問からかとスリジエは納得する。

 尋ねられたカリマは眉間に皺を寄せ、皺が寄ったまま番の名を呼びスリジエの顎を優しく取ると顔を覗き込んできた。


「出会った時から思っていたが……お前のその目、精霊の祝福だな?」

「精霊の、祝福?」


 スリジエの困惑の声と。


「精霊の祝福だと?」


 ティグリスの驚愕の声が重なる。


「俺たちは精霊を見ることができる目を『精霊眼』と読んでいるが、まず人間には無い能力だ。だから精霊の祝福と呼ぶ者もいる」


 それを聞いたスリジエは。


(祝福とはまた良いように言う……)


 内心でそうぼやき、ちょっと困った顔で笑った。


「あの、その精霊が見えているかどうかは分からないですけど、他の人より僕の視力は良いと思います。ただ僕が聞いたのは精霊からティユルの王族が賜った力だそうで……歴代の王族に超五感力として備わることがあったと。僕の伯母が、耳が良かったそうです」

「ふむ。では、奴らに追いかけられてたあのときもいたな?」

「……はい」


 崖で出会ったときのことだろう。気づかれていないと思っていたが、あのときも狼獣人の姿に震えてしまったから。


(でもあえて聞かないでいてくれたのか……)


「阻害するものがあっても、距離があっても、お前の目はお前が見たいものがのか?」

「ええと、意識してこともできるけど、ほとんどは無意識が多いかも……?」


 この目が何を映せるのか、確認のためにも練習を繰り返した。

 そう返したスリジエへカリマはさらに尋ねてくる。


「あとはどんなものを見た?」

「……」


 カリマの問いにスリジエは黙り込む。うちに入るのだろうか。

 迷っていると、スリジエと名を呼ばれて額に温かなぬくもりが落ちる。


「大丈夫だ。お前が何をとしても俺は信じている」

「……ううん、違うよ。ためらったのはそういうのじゃなくて、ティユルで落雷がある前まではキラキラしたものがよく目に入ってきたんだ」

「キラキラ……落雷前ならばそれは精霊だろうな」

「なっ、本当に人間に精霊が見えるだと?」


 カリマの気づきにティグリスが叫ぶ。

 その声の大きさにスリジエは肩をビクッと揺らし、その途端カリマがキッと目尻をつり上げた。


「吼えるな、うるさい」

「す、すまん」


 氷のような冷ややかさで告げられ、自覚があったのかティグリスは素直に謝罪する。だが気を取り直すのも早かった。


「だがその者が精霊までとなると厄介だぞ。その目欲しさに戦が起きかねん」

「はっ、俺の番に指一本でも触れればその肉体を消滅させるに決まっているだろうが」


 ティグリスの懸念をカリマが一蹴する。

 スリジエも戦が起きるかもとの言葉に不安になるものの、その後のカリマの言葉に一安心した。物凄く過激ではあるが、番であるスリジエをカリマが守らない訳がない。


「ティユルでお前の目を知る者は?」

「……目のことをはっきり知ってるのは僕にずっと付いていてくれた人だけ。でも僕に何かしらの価値があると父親と妹が思っているみたいで」

「その付き人は今どうしている?」


 当然のカリマの問いに、スリジエはごくりと息を呑んだ。

 あのときの光景がまた浮かんできて、口を開いて出る声が泣く前の震えたものになる。


「さ、攫われるときに僕を守ろうとして、背中を斬られて……ひっく」

「……済まない、辛いことを思い出させたな」


 辛い言葉を遮るように抱擁してきたカリマ。その温かい腕の中で、スリジエはこみ上げる悲しみを堪えることができずしゃくりあげて泣き出した。



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