第5話 私のお兄様①(side:オルキデ)




 十四の歳を迎えたオルキデが覚えている一番古い記憶は、昼の明るさのなか揺籠ですやすやと眠る片割れの寝顔だ。

 幼い頃は母とその片割れ、自分とそっくりな顔を持つ兄と、少数の侍女とで与えられた一室で穏やかに過ごしていた。「可愛い、可愛い」とお姫様のようにちやほやと甘やかされて、外の世界を知る必要もなく過ごした幸せな時間。

 だがそんな楽しい日々はある日突然消えて無くなった。

 いつになく堅い表情をした侍女たちの手で着飾れ兄と共に母の手に引かれて連れて行かれた先は、今まで過ごした部屋より豪華なところだった。ピカピカした部屋にびっくりして見回すオルキデを強い目をした何人もの男たちが見下す。


『あちらの方がお父上であり、この国で一番偉い方である国王陛下ですよ』


 向けられる視線に幼心にも恐ろしく感じ母に抱きつくものの誰もそれに応えることなく、その中から白が混じった口髭を持つ痩せ細った男が王冠を頭に乗せた人物が二人の父であると教えられた。

 初めて会う父親という男の存在にオルキデが驚くより先にその父は目を細め、オルキデの母に似た容姿を褒め。


『国のため、私のために、益をもたらすべく励むように』


 口元をつり上げ、そう言葉をかけられた。

 だが兄に父の微笑みが向けられることは終始なかった。

 ーーーその微笑みが意識的に口角を上げただけの作り笑いであったことをオルキデが知るのはずっと先の話だ。




 そうして父である国王に存在を認められたオルキデの日々は一変した。

 これまでは母付きの侍女に身の回りの世話をされていたが専従の侍女が二人付けられたうえ、礼儀作法の教師として女官が置かれた。

 あれこれと目まぐるしくなった毎日を過ごしていたが、ふと兄と離ればなれになっていたことにオルキデは気づく。


「お母様、お兄様は?」

「あの子は部屋を移りましたよ」


 話したいことがたくさんあるのだと居場所を聞くも、母や侍女たちはそれだけしか返さない。

 このとき教育の一端としてオルキデは他の王族と会うことが増えた。だがティユル国の王女としての地位はあるが子爵家出の母は妾妃ということで王族内のヒエラルヒーでは最下層にあり、父には褒められた顔を義理の兄弟姉妹には顔だけと笑われ陰で蔑まされ続けた。

 加えて失敗や答えられなかったりするたびに、教師役である女官たちから「これだから下位貴族の血は」と溜息を吐かれる。

 それが数年続けば心は歪み、やがてオルキデは自分より下の存在を探して憂さを晴らそうと考えた。

 考えて、思い浮かんだのは幼き頃離ればなれになった兄のスリジエだった。

 よくよく探ればスリジエは後宮内の北の一室に追いやられ、世話役として付けられたのは老い始めた宦官一人とのこと。

 さぞかし落ちぶれた姿だろうと嘲笑うつもりで、気の進まない様子の母に無理を言って日課になっていたお茶会へ兄を呼び寄せた。

 だがその再会でオルキデは予想外の情緒をもたらされた。

 数年振りに会う兄スリジエの姿は、確かに見窄らしさはあった。しかし男女の違いはあれど自分と似た顔に卑屈さは無く、オルキデが悪し様に言っても応えた様子も無かった。

 しかも。


(なんで、なんでっ)


 国王より期待されたオルキデより惨めであるはずの兄から哀れむような眼差しを向けられるのか。

 胸に苦みのようなものが広がるだけで終わった再会は、積もり続ける鬱憤が高くなっただけだった。

 それでも憂さ晴らしできる相手は王子でありながら『国王から見限られている』スリジエしかいない。

 それが例え会って何を言ってもオルキデに向けられる目が変わらなくとも。




 そんなことを繰り返し続けたある日、オルキデは偶然耳にした父である国王が呟いた言葉に強い衝撃を受けた。


『使えないと思っていたがまさかそんな異能を持っていたとはな……ふん、あの顔だけの娘より十分価値がある』



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