第5話

中学時代の頃だった。


小学生のころから死生観などについての本を読み漁っていた僕はそれ以外にも心霊現象から、処刑や暗殺の歴史、毒物や兵器、動物がどんな断末魔をあげるかなどあらゆる分野での「死」に関連する知識を吸収していた。

同級生たちが週刊漫画雑誌やファッションの話をしている中で、自殺や殺人に関する話を無意識に言ってしまう僕。


はじめこそ距離を置かれる程度だったもののそれが排斥にかわるのは時間の問題だった。


クラスの人が、先生方が、同じ部活の先輩後輩が、学校中が、敵に見えた。

両親には言えなかった。

両親自身も昔からの僕の奇行を見て何か思うところがあったろうと考えたからだ。

誰に頼ることもできず、夜が来るたびにこのまま永遠に眠ってしまいたいと思うようになった。


かつて抱いた「死への興味」はいつのまにか「死という救い」にすり替わってしまっていた。


そんな状況で中学を卒業し無事高校へと入学できたのは……自分でもなぜ達成できたのかはわからない。それほどまでに僕の心は疲弊しきっていた。


そうした中で、彼女と…成田さんと出会ったのだ。


************


幸か不幸か、成田さんのあの意味ありげなよくわからないメッセージを受け取ったのはどうやら自分だけじゃなかったらしい。

成田さんから死ぬ前に変なメッセージを受け取っていた人がいるという噂が流れたのだ。

内容も同じで何かが送られた形跡はあるけれども送信取り消しされてしまい、結局送り先を間違えたという内容の文面で締められているという。

送信取り消しする前の文面についてははっきりと目撃した人はなく、内容はわからずじまいとなった。

それでもわかっているだけでも僕を除いて4人はいたそうだ。

男子女子、学年もバラバラで、果ては違う学校の人にまで届いていたそうだ。

成田さんがそれほどまでの交友関係を築いているということに驚くと同時に自分は彼女について何も知らなかったんだということを痛感させられた。

実際には黙っているだけでもっと多くの人に届いていたのかもしれない。

わかっている人の情報と並べてみても僕との共通点はさっぱりわからなかった。

しかし、聞いた噂のほとんどが7月中に送られてきたということであり、僕より後に送られてきた人というのはいなさそうだった。

それでも結局、僕は特別でもなんでもなかったということなのだろう。


あれから上田さんは聞き込みを続けているようなのだが、進展はなく結局成田さんの件は「思春期の少女の突発的なストレスによる自殺」ということでかたがつきそうだそうだ。

彼女はまるで蜃気楼のようにこの世からいなくなってしまったのだ。


風の噂によると、成田さんの母親はその後精神を病んで実家へと戻ったらしい。しかし、それから幻覚と幻聴がひどくなり、精神病院へと入院したようだ。

もっとも、成田さんの母親とは面識があるわけでもないのでこの噂が正しいのかどうかは僕自身では判断のしようがなかった。


高校3年になると、近藤とは別のクラスとなった。

結局僕とは席が近かったからという付き合いだったのかもしれないが、近藤の教室を除いた際、そのクラスの友達といる彼は僕と一緒の時よりも生き生きしているように見えた。

あれから廊下ですれ違う際も軽快に挨拶を交わしたりしているが、やがては疎遠となっていくのかもしれない。


僕はというと、あれからどうにも熱中できなくなりサッカーはやめてしまった。

細々と続けていた死の資料集めについてもやめてしまい、ある時思い立ってほとんどを捨ててしまった。

彼女の死から脱却しつつあったもののそれでも現実は非情で、うまく伸びない成績や将来への不安で何度も死にたくなるくらい辛くなる。

それでも、そのたびにあの夏休み前の彼女の朗らかな笑顔が脳裏をよぎった。


************


学校周辺から僕の家方向へと向かうバスが停まるバス停はちょうど国道沿いだった。

対して学校からの道とぶつかる道路は狭く、うまく渡り切らなければ2分以上待たされることとなってしまう。

この時も横断歩道は青の点滅をしており、ギリギリ渡り切れるかどうかだった。

僕は急いで渡ろうとし、ふと考えなおして歩みを緩め、信号が赤になるのに任せた。

国道の何台も並んでいた車が信号が切り替わると同時に発車し、再びけたたましい音が流れる。

信号を待ちながら考える。


赤信号は危険であることを知らせる目印だ。


僕たちは幼いころから、潜在的に赤信号で渡ろうとすれば死の危険があることを刷り込まれている。

そう、いわば赤信号は死の目印なのだ。

浴室でガムテープで目張りをしたとき、練炭や洗剤を準備した時、アルコールや薬を口に含んだ時、成田さんの目には確かに赤信号が見えていたはずなのだ。

それを、彼女は渡り切って、『向こう側』へと行ってしまった。

僕は、その赤信号で踏み出す勇気は、なかった。

中学の頃からのトラウマが尾を引きずり、今でも死んでしまいたいと考えることはあるものの、あそこまでやらなければ確実に死ねないという考えを無意識のうちに植え付けられてしまったかの様だ。

そして仮に噂だとしても彼女の母親が辿ったであろう結末を思うとその時点で死ぬことを躊躇せざるを得なかった。

もし、彼女が僕に、あるいはメッセージを送った人たちに、釘をさすためだけに自身の命を懸けて実行したというのなら、まさしく目論見は大成功だったのだろう。


じゃあ、彼女の狙いはそれだけだったのだろうか。

僕は「違う」、と自問自答する。

これには明確な理由はないものの不思議な確信はあった。


彼女が自死をえらんだ動機について考えてみる。


彼女の母親は出張が多く、家を頻繁に開けることが多かったらしい。そのため、その間に何かトラブルに巻き込まれていたとしても不自然ではなかったのかもしれない。

あるいは僕の知らない部分で成田さんに対するクラスメイトや近所の人からのやっかみがあったのかもしれない。

もしくは母親が再婚しようとしていて、その相手に何かやられてしまったのかもしれない。成田さんの母親を知らない以上、結局どんな可能性も考えうるものなのだ。


あるいは………そう、これまで以上に突飛もない話だが。

彼女の死について教えてもらった日から何度も彼女と初めて会ったときを思い返し、考え付いたことがある。

彼女の目を見たとき、あの言い知れない気持ちを無理やり言葉にするのなら、『鏡を見ている』ような感覚だった。

瞳の中に映る遠い景色はそう、この世のものではなく、例えば『あの世』を夢想しているかの様だったのだ。

そういえば、彼女の父親は幼いころに事故で亡くなったらしい。

その時に、僕と同様に、「死」について惹かれてたのかも知れない。

そう考えると、彼女の自死の動悸は、単に「死」という闇にいざなわれただけなのかもしれない。


いやいや、どれもこれも勝手な妄想なのだろう。

ただ、最後のものに関しては憶測であってほしい。そう切に願っていた。



信号が切り替わり青になる。

僕はゆっくりと横断歩道を踏みしめ歩き出した。


< 完 >

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤信号と蜃気楼 アッキー08 @akkie_f0t8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画