工芸部へようこそ
彼女は耐熱手袋と保護メガネを着用し、手慣れたように硬質ガラスの棒を取り出した。そして、黙々とガラス棒を炙り溶かしていく。
俺は、邪魔しないと何度も決めた。だが、彼女の説明不足。それと、重要そうなポイントが抜けていたことで、タイミングを見計らい質問することにした。
「あの、有栖川さん」
「どうされました?」
「えっと。今、溶かしてるのって、どっち?」
「どっち? と、言いますと……」
「硬質ガラスなのか、それともソフトガラスなのかだよ」
「・・・あ! すみません。後輩さんに教えるのが初めてなもので……」
ああ、そういやそうだったな。今年の新入部員は俺だけで、見学しようとした生徒は、見学前の坂道でUターンだっけか。しゃーない。かという俺も質問下手だし、お互い様だな。
「まあ……あの、あれだ。気になった部分は随時、俺から聞いたりもするけど、有栖川さんのペースで構わないから説明してくれると助かる」
「そう、……ですか?」
「ああ、説明はわかりやすいから、全然問題ない」
「そういう事でしたら、わかりました。そのような感じで説明していきますので、遠慮なく、分からないことがあれば、おっしゃってくださいね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「それでは、早速。ご質問の、このガラスについてですが、」
「二種類あったよな? 硬質とソフトと……」
「はい。今、溶かしたガラスは、硬質ガラスのほうなんです」
なるほど、なるほど……。
「そんで、そのガラスの棒を固定してるのは?」
「これは、ガラスホルダーと言います。このガラス棒を一度溶かしてですね、こちらのブローパイプに巻き付けて吹いていくんです」
なるほど、なるほど……。
「因みに硬質とソフトって、どう違うんだ? 見た感じ、同じガラス棒にしか見えないけど」
「多少ですが、硬質のほうが透明度は高いんです。あと、硬質ガラスは強度があって割れづらく、加工は難しいのですが、ソフトガラスは加工がしやすい代わりに、割れやすいという特徴があります。そのため、ソフトガラスのほうが初心者向きと言えます」
なるほどな。とりあえず、メモ……っと。
そして、聞きたいことを聞き終えた俺は、作業の続きをお願いした。
彼女は少し冷えて固まってしまったガラス棒を再度バーナーで炙る。バーナーの火は青白く、かなり高い火力でガラス棒を炙っていく。
同時に俺は、質問をするタイミングが悪かったことを学んだ。
「それでは、ブローパイプ(
「おう。ほんと、有栖川さんって手先が器用だし、色々と知ってるんだな」
「そうですか? ほとんど、お祖父様から教えていただいたんですよ」
あぁ、そうなんですねぇ……。もう、学園長がどれだけ博識で技術者でも、俺は驚きません。はい……。さすがです、学園長。
そして、溶けてきたガラス棒を慣れた手つきでクルクルと回し、ガラス細工で難しいと言われる、ガラスを膨らませ丸いガラスの塊『
だが、彼女はいとも
その後、ガラスカッターというガラス細工用のハサミでパイプから切り離し、見事な花瓶の形を、数十分という短い時間で作り上げたのだった。
「最後に、出来上がったものを、この
「なるほど、冷やすためのものだったのか。それで、どのくらい冷やすんだ?」
「そうですね。小さなガラスビーズでも4時間から6時間、ガラスが分厚い花瓶ですと一日くらいですが、これなら半日ってとこですね」
「は、半日!!! てっ、ことは……」
「はい。完成はまた明日です」
こ、工芸品って、ほんと時間が掛かるものなんだな。まあ、仕方ない。半日なら明日の放課後には冷えてるだろう。しゃーない、待つとするか。
「それじゃ、今日はこれでお開きってことだな」
「はい、そうなりますね」
「ま、とりあえずガラス細工のプロセスについては、あらかた分かったし説明ありがとうな」
「いえ、そんな……説明下手で申し訳ない限りで、とても恐縮です……」
その翌日のこと。昼休みになり俺は彼女に誘われ、一緒に工芸室で昼食を取ることになった。だが、部室に着くとテーブルの上には、太陽光に照らされ、キラキラと輝く花瓶が置かれていた。どうやら、彼女は朝一であの坂を登り、鍛冶場まで取りに行っていたようだ。
そして、その花瓶には、もうすでに綺麗な青と紫のアジサイが、それぞれ一本ずつ生けられ、一枚のメッセージカードが飾られていたのだった。
『左江内さんへ。
工芸部へ、ようこそ!
これからもよろしくお願いいたします。有栖川 詩織』
【アジサイの花言葉】
感謝:お互いの関係性と左江内への気持ち
気品:詩織の性格、姿
移り気:工芸部へと踏み出した柔軟な左江内の姿
【ボイスドラマ】気品なお嬢様は工芸部! ガラス細工/音のソノリティ BB ミ・ラ・イ @bbmirai
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