3部 癒しの工芸部での日常

ガラス細工づくり

 翌日の放課後。入部した工芸部で初日の活動をすることとなったが、少なくとも鍛冶工房だけは、やはり見学をちゃんとしておきたいと思った俺は、彼女に提案することにした。


「なあ、悪いんだが一つ頼みがある」

「どのようなことでしょうか?」

「今日から俺も工芸部員になったわけだけど、今日はとりあえず鍛冶場を詳しく見学させてもらってもいいか? あんまり見学できなかったし」

「わかりました。そういうことでしたら、問題ありませんよ。部員さんとして、ちゃんと知っておきたいですもんね。でも、大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「また、30分の坂を登ることになりますが」

「それは覚悟の上だ。それに、———」

「ん?」

「来年は俺が部長を務めることになるかもしれんからな。そんなことで弱音は吐いていられんだろ」


 そう言うと、彼女は微笑みとは違う、喜びと嬉しさが入り混じったような、幸せそうな笑みを浮かべたが俺は、すぐに恥ずかしくなり目を逸らした。


「ほら。早く行かないと、また時間がなくなるだろ。さっさと行こうぜ」

「そうですね。では、早速」


 俺と彼女は、昨日と同様に30分の坂道を登っていく。昨日、時間が足りなかったのは俺の歩くペースが遅かったせいだろうし、今回はお喋りを控え、できるだけ早く歩き鍛治工房へと急いで向かった。


「昨日より早く着けましたね。これなら、ゆっくりご説明することができます」


 やっぱり、昨日は遅く着いてたんだなぁ。それにしても、どれだけ遅かったんだろう……。ま、いいか。


「そんじゃ。早速、作業風景や道具の使い方を教えてくれ」


 極力、今回は無駄な会話を減らして作業説明に時間を充てる。それに、彼女は話すのがゆっくりだからな。


「それでは、まず、ここで作っているものですが、主に鋼で作る刀『鋼刀こうとう』や、花瓶やペンダント、ちょっとした置物などです」

「なるほど。ただ、一つ聞いてもいいか?」

「はい。どうされました?」

「ちょっと気になったんだけど、学園内で刀を作るのって法律的に大丈夫なのか?」

「ええ、それは問題ありませんよ。ちゃんと、文化庁からの特別な許可が下りていますから」

「そんなに簡単に下りるものなのか?」

「簡単と言いますか……お祖父様が文化庁長官とお友達なんです」


 なんとなく、そんな気はしてたけどさ。豪三朗、ほんと何者なんだよ。そんなすごい人だったのかよ。心の底から尊敬できるぜ、豪三朗さんよ。


「そうだったんだ。やっぱり、学園長ってスゲェーんだな。ほんと……」

「はい。そう言っていただけると、一族として私も嬉しいです。ありがとうございますね、左江内さん」

「お、おぅ……」

「それでは、今日はガラス細工について、道具や工程をご説明します。刀作りは、ご存じだと思いますが、三ヶ月から半年は掛かりますので、また後日にご説明しますね」

「しゃーないな。了解」


 できれば刀作りを知りたかったが、しょうがない。今回は一先ず諦めて、彼女の流れに任せるとしよう。


「それでは、まずガラス細工づくりに必要な道具ですが、耐熱手袋と保護メガネ、ガラス棒やバーナー、ピンセットやカッター、ハンマーなどの作業ツール・耐熱マット、それと徐冷炉じょれいろというものがあり、作るものによって使い分けます」


 ジョレイロ? 初めましてだ。何に使うものなんだ? ま、あとで彼女が教えてくれるだろう。今日は、とにかく色々と知りたいしな。彼女の説明を極力邪魔しないようにしないとなぁ……。


 だが、気になる!


 極力説明の邪魔をしないようにと思ったものの。鍛冶屋の息子として多少の知識があったことで、どうしても気になった俺は、一つだけ聞いてみることにした。


「なあ、アレって溶解炉だよな」

「はい、そうですよ。と言っても、電気炉ですけど。電気炉がどうかされましたか?」

「電気炉は使わないのか? ガラスを溶かして作るんだろ?」

「そうですね。ガラス細工はガラスの元になる原材料を溶かして作ったりします。ですが、ここにある電気炉は刀作り用のものでして、ガラス細工では硬質ガラスやソフトガラスをバーナーで溶かして作るんです。あと、刀とガラスでは熱する温度が変わりますので、同じ溶解炉でも作るものによって違うんですよ」


 そうだったのか。それにしても、ここでは刀作りに電気炉を使ってるんだな。まあ、さすがに工業炉を使うわけはないか。とりま、一通り必要なものは揃ってそうだし、親父の鍛冶場で見たことあるような物もあるから、かなり本格的ではありそうだな。


「それでは、早速。時間もあまりありませんし、簡単な花瓶を作ってみますね」

「花瓶って簡単なのか? なんか、こう難しいイメージだけど」

「ええ、そうですね。初めは苦戦したりしますが、慣れると1時間かからず作れますよ」


 そういうものなのか。


「そんじゃ、早速。お手並み拝見させてもらうよ」

「はい」

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