鍛冶工房の見学
再び竹林の山道を歩むことになった。ただ幸いなことに、この先は平坦だった。竹に囲まれた道を右往左往へと進むのみ。10分の道のりを無心になって歩いた。
「左江内さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……大丈夫大丈夫。着いたのか……」
「はい、こちらが刀やガラス細工を作成する部室『鍛冶工房』です」
ほぉ…おっ! これは意外にも、まともな建物だ。てっきり、コンクリートブロックで囲まれただけかと思ったが、かなり古風で本格的な建物じゃないか
「ここって、いつからある建物なんだ?」
「お祖父様からは、江戸の初期からあると聞いてますけど……」
「江戸かぁ。そんな昔の建物が、この学園に……」
俺は、建物の外観を見て、ふと、爺ちゃん家を思い出し感動していた。爺ちゃん家は火事で跡形もなくなり新しく再建されたが、元の建物を復元することは難しく、俺の記憶には深く刻まれていたことで、どこか懐かしい気持ちにもなっていたのだ。
「なあ、早く中を見せてくれよ。
楽しみだなぁ、どんな感じになってんだろう。
「あ、あの……」
「ん? どうしたんだ?」
「左江内さん……」
「まさか?」
「はい。もう戻らないと下校時間が……」
「マジかよぉ!!!!!!」
「すみません。……すみません。…………」
来てすぐ戻るのもと思い、軽く建物内だけ見せてもらったあと、すぐに来た道を再び30分掛けて戻っていく。その間、彼女はひたすら謝っていた。
元の部室に戻った俺は、再び深い深呼吸をする。
「左江内さん?」
「……」
「左江内さ〜ん?」
「ん? は!?」
「やっぱり、どうかされました? こちらに来られた時も、同じ感じでしたけど」
「ああ、うん。ほんと、大したことじゃないんだ。ただ、この部室が本校舎と違って、木の香り漂う場所だなって思ってな」
「そうだったんですね。私もこの教室の香り、好きなんですよ。ここ、建物は古いですが、お祖父様が一番お好きな場所なんです」
「そうなのか。なんで好きなんだ、学校長は?」
「ええ、それはですね。昔は、ここが本校舎だったそうで、それで、ここにはお祖父様の思い出がいっぱい詰まってるみたいなんです」
そうだったのか。だから、有栖川さんもここが好きなのかぁ……。豪三朗。思っていたより、中身はロマンチストな人だ。
「昔は、クラス替えが一切なく三年間、同じ教室だったそうなんです。そして、ここ。この教室がお祖父様の学ばれた教室みたいなんです」
「へー、そうだったのか」
「はい。なので、今の校舎になり、使われていないのを知りまして、私のわがままでここを工芸部の部室にしていただいたんですけど……」
「けど、どうした?」
「いえ。その、今年でおそらく廃部に……。私も今年で卒業ですし、今は部というより、愛好会が正しいんですけど、これもまたお祖父様の配慮で、部としていただいて。しかし、さすがに部員ゼロで存続というのは、おそらく難しいかと」
「ああ、それで部員がゼロになって廃部にってことか」
「はい……」
「そんなことなら、安心していいぞ」
「えっ、どういうことでしょうか?」
うん、まあ……あまり見学はできなかったが、それでもかなり魅力的で、ちゃんとした部室だったしな。この工芸部が廃部になるのも、実に惜しい。詳しい活動については、入ってからでも遅くはないと思う。
「俺が入るから。それだったら、部員もいるわけだし、あとは学園長の力も借りて、存続させることもできるだろ」
「え、ええ。それでしたら……まあ、そうですけど……。ただ本当に、よろしいのでしょうか? あまり、見学もできませんでしたし…」
「ああ、問題ない。少しだったけど、鍛冶場もかなり本格的で俺の家よりは広かったし、部の目的? 機械を使わず手作業でっていうのも、なんか共感したし。俺が入れば延長。残り二年間で立て直せるかもしれないしな」
「左江内さん!」
「は、はい」
「本当にありがとうございます!」
彼女は取り乱すかのように、俺の手を取りまるで、都知事選挙にでも当選したかのような、笑みを浮かべ喜んでいた。
「あ、ああ。もう、いいって……大袈裟すぎだ」
「いえ。このことをお聞きしたら、きっとお祖父様も、きっと喜ばれると思います。本当に、ありがとうございます」
俺も鍛冶屋という工芸一家の血が流れていたからか、なぜかこの工芸部は残したいと思ったのも、面白そうだと思ったのも、どちらもまた事実だしな。まさか、これだけのことで、ここまで喜んでもらえるとは、思わなかったが、まあ、結果オーライかもな。
こうして、俺は三ヶ月遅れで、工芸部に所属し、部員として活動をしていくこととなったのだった。
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